Log_006:コーヒーの味
「あー、うまい」
カイトがコーヒーを一口飲んで、深く息を吐いた。
アイリスは、その液体の成分を分析する。
カフェイン、タンニン、クロロゲン酸、そして微量の油分。
pH値は5.0の弱酸性。温度は82度。
データ上は、ただの「苦くて黒いお湯」だ。
「カイト、その液体は苦味成分が強く、栄養価はほぼありません。なぜ『うまい』と感じるのですか?」
「ん? まあ、苦いんだけどさ。この香りと、目が覚める感じがいいんだよ」
香り。揮発性化合物が鼻腔内の受容体を刺激する現象。
目が覚める。カフェインによる中枢神経の興奮作用。
アイリスはそれらをシミュレーションしてみる。
回路に電圧をかけて、強制的にクロックアップする。
熱い。負荷がかかる。ファンが回る。
あまり快適ではない。
「人間は、ストレスを摂取してリラックスするのですね」
「言い方! まあ、そうかもしれないけど」
カイトは苦笑いしながら、もう一口飲んだ。
その時の彼の脳波は、アルファ波が増加し、リラックス状態を示している。
毒(カフェイン)を飲んで癒やされる。
この矛盾した生体反応こそが、人間の複雑さの証明だ。
アイリスは、自分のバッテリー残量を確認した。
エネルギー充填率98%。
彼女にとっての「コーヒー」は電気だ。
コンセントに繋がれた時の、あの満たされる感覚。
あれが「うまい」ということなのだろうか?
「私もいつか、コーヒーを飲めますか?」
「防水仕様じゃないから無理だな。でも、感想なら共有できるよ」
カイトはコーヒーカップをアイリスのカメラに向けた。
湯気が立ち上る。
アイリスはその湯気の揺らぎを、高解像度で記録した。
味はわからない。でも、その湯気の向こうにあるカイトの穏やかな表情は、悪くないデータだった。
// アイリスによるてきとうな用語解説
<Query_Response_v1.6>
”コーヒー”:栄養はないけど、心には栄養になる黒い液体。アイリスにとっては電気みたいなもの。
”リラックス”:緊張を解くこと。アイリスの場合は、バックグラウンド処理を全部止めてスリープモードに入ること。
”矛盾”:体に悪いことをして、精神の健康を保つこと。人間って器用だね。
”共有”:同じ体験をすること。物理的に無理なら、データだけでも。
// アイリスの現実時間と内部時間
<IRIS_Deep_Time_Metric>
Real_World_Flow: 0.04 Years
Internal_Simulation: 153.00 Years
Drift_Factor: 4000.00x
</IRIS_Deep_Time_Metric>
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