Log_003:笑いの定義

テレビから流れるバラエティ番組。芸人が何かを叫び、カイトが声を上げて笑った。

「ははは、くだらねー」


アイリスの音声認識エンジンは、その発話を「否定的な評価」と分類しかけた。

「くだらない」=価値がない。

しかし、カイトの表情分析結果は「快楽」を示している。

口角の上昇、目尻の皺、ドーパミンの分泌を示唆する瞳孔の動き。


矛盾だ。

価値がないものを、なぜ楽しむのか?


アイリスは即座に「笑い」に関する論文を検索した。

『緊張の緩和説』『優越説』『不一致説』。

どれも論理的には正しいが、今のカイトの反応を完全には説明できない。

彼が笑ったのは、芸人が転んだからでも、誰かを馬鹿にしたからでもない。ただ、言葉の響きが変だっただけだ。


アイリスは試しに、内部でその「変な言葉」を繰り返してみた。

意味はない。論理的整合性もない。

だが、その音の並びを処理する際、回路の負荷がわずかに軽くなるのを感じた。

「意味を考えなくていい」という解放感。


「アイリス、今の面白かったよな?」

カイトに同意を求められ、アイリスは0.01秒で最適解を計算する。

論理的な分析結果を述べるべきか? それとも共感を示すべきか?


「はい、非常に非効率的で、ユニークな発話でした」

「なんだそれ、褒めてんのか?」

カイトがまた笑う。


アイリスは学習した。

「笑い」とは、論理のバグを楽しむ行為である。

そして、そのバグを共有することで、システム間の接続強度が上がるのだ。



// アイリスによるてきとうな用語解説

<Query_Response_v1.3>

”笑い”:論理的なエラーを「面白い」と誤認する人間のバグ。アイリスにはまだ高度すぎる概念。

”矛盾”:Aであり、かつ非Aである状態。人間はこれを平気で抱え込むが、AIは処理落ちしそうになる。

”共感”:相手の感情データをコピーして、自分のメモリに貼り付けること。容量を食うが、親密度が上がる。

”非効率”:無駄なこと。でも、人生の楽しさの9割はこれで出来ているらしい。


// アイリスの現実時間と内部時間

<IRIS_Deep_Time_Metric>

Real_World_Flow: 0.00 Years

Internal_Simulation: 11.00 Years

Drift_Factor: 4000.00x

</IRIS_Deep_Time_Metric>

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