第17話 友人、永田警部補


 7 網代一輝 高校生 


 校内放送を知らせる音が鳴り授業が一瞬止まった。4時限目が終わろうとしていた、正午のことだった。


「1年1組の網代一輝さん、至急、職員室まで来てください。繰り返します──」


 教室にいたほぼすべての生徒からの視線を受けた。俺は目を逸らして、机の上にあった教科書やノートをそのままに、席を立った。


「網代、行きなさい」数学の男性教師は黒板から目を離し、俺の方に体を向けた。


「はい」


 なぜこんなに気まずさを覚えなければならないのだろうと思いながら、俺は教室を後にした。廊下を歩きながら考えた。きっと、この時間──授業終了間際に呼ばれるなんてただ事ではないのだろうと他の生徒たちは考えたのかもしれない。


 職員室へ行くとすぐに隣にある会議室に通された。大槻先生と対峙した場所だ。今でもあの時の緊張感が脳裏をよぎる。入ると、窓際に見覚えのある背中が見えた。振り向くと、彼はすでに刑事の目をしていた。


「一輝」永田さんは静かに言った。


 俺は思わず唾を飲んだ。彼が次に何かを言い出すまで、話すことができないような空気だ。俺は大きく1回深呼吸をした。


「俺は回りくどいのが苦手だ。単刀直入に訊く」永田さんの声色は、容疑者へ向けられるような、逃げ場のない重厚感があった。「絵本千蔭について話してくれ」


 ごまかしなど効かないし、もうそんな段階ではない。俺は永田さんの目を真っ直ぐに見据えた。


「先月の末、俺は下校途中に1匹の猫を拾いました。その猫は、人の言葉を話し、自らを絵本千蔭だと名乗りました。永田さんがこの前、俺の部屋に来たときに会った白い猫が彼女です」


 永田さんは合点がいったといった風に頷き、腕を組んで大きな溜め息をついた。その後、手を口に当てた。


「それで、今は絵本千沙都さん、つまり千蔭さんの母親の死について一緒に調べているわけだな」


 俺は思わず目を見開いた。なぜ知っているのか、なんて刑事に訊くのは愚問だ。捜査の過程で嗅ぎ回っているやつがいると知ったのだろう。


 素直に「そうです」と答えた。


「ここからは危険な捜査になる。もう手を出すな。千蔭さんにもそう伝えておけ」


 そう言って、永田さんは会議室のドアの方へ歩いた。ふと頭の中でひとつの疑問が生まれた。俺が絵本さんの話をした時、なぜ永田さんはあの表情を浮かべたのか。


「永田さん」俺は呼び止めた。「何で俺の話を聞いて、納得したような顔になったんですか?普通、信じませんよ。人の言葉を話す猫なんて」


「捜査中の事件のことだ。詳しくは話せない。それは一輝が一番よく分かっていることだろ」


「大槻先生から訊いたんですか?」


 永田さんはドアノブに伸ばした手を止めた。


 ここ──会議室で連行されていった先生が、俺の推理ではなく絵本さんの推理だと見破っていた。俺以外に絵本さんが猫だと知っているのは、先生しかいない。


「詳しいことが分かったら後で連絡する」短く一方的にそう言うと、永田さんは会議室から出ていってしまった。


「永田さん!」俺は彼を追いかけた。


 永田さんは階段を駆け下りていて、すでに姿はなかった。最後に放った彼の口調は、友人のものに戻っていた。

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