探偵の白猫は推理を語らない

@aoi_mystery

出会い編

第1話 いわくつきの猫(前編)


 今日も早朝から静かな雨が降っていた。


 帰り支度を済ませて教室から廊下に出ると、傘立てから俺の傘が無くなっていた。こんなこともあろうかと、肩にかけていたショルダーバッグから折り畳み傘を取り出す。


 傘立てにあった傘は、どこにでも売っているようなビニール傘だ。他のクラスメイトの傘も同様だ。小学生みたいにいちいち自分の名前を書かないし、きっと先に下校した誰かが間違って持っていったのだろう。


 気にしない、気にしない。


 俺は折り畳み傘についているストラップを人差し指で引っかけ、左右に揺らしながら階段を降り、昇降口を出た。


 傘にポツポツと当たる雨の音。水溜まりを避けながら歩く通学路。後ろから追い越していく車は、俺を大きく避けて走行していた。


 ふと、コインパーキングの前で足を止めた。女性の声が聞こえたからだ。滑らかで鈴のように響く声だった。


 俺は周囲を見渡した。近くには郵便局と、ビルが数棟建っている。雨で通行人もいない。コインパーキングに止まっている車両も見てみたが、車内には人の気配がない。


 注意深く目を凝らしながら、声を頼りに辺りを散策した。声はコインパーキングの奥の方から聞こえてくる。


 コインパーキングは20台ほど停められる広さで、首を左右に降って、時には車両の下にも目を配った。


「ねぇ、誰か」


 助けを求める声だ。俺は声のする方へ駆け寄った。一番奥に停まっている車両の方からだ。


 俺は視線を落とした。あったのは1個のダンボール箱。蓋が閉められていて、大きさは両手で抱えられるほど。人が入れるとは思えない。


 恐る恐る近づくと、蓋をトントン、と叩く音が聞こえる。


 一度大きく深呼吸し、蓋を開けた。中には、一匹の猫がいた。成猫で毛並みが白く、目が大きくて丸顔だ。とても可愛らしい見た目をしている。


「何をジロジロ見てるの」猫が口を動かし言った。猫が喋った!


 開いた口が塞がらない。


「もしかして、わたしの言っていることが分かるの?」


「……はい」俺は頷いた。


 猫は前足をダンボール箱の縁に乗せ、観察するような鋭い目付きで周囲を見回した。程なくして視線は俺に移る。



「ここってどこか分かる?」


「えっと」俺は電柱に書いてある町名を読み上げた。「S町の2丁目だけど」


「それは見たら分かるわ」猫の語気が強くなった。


 呆気にとられていると、猫は独り言のように呟いた。


「だいぶ遠くまで来たみたいね。知らない町……」


 1拍置いて、猫が俺の目をまっすぐ見た。


「とりあえず、雨を凌げる場所まで運んでくれる?足濡れたくないし、箱ごと運んでくれると助かるんだけど」


「わかった。それじゃ、一旦蓋閉めるけど」


「いいわ」


 俺は蓋を閉めてダンボール箱の底を持ち上げた。傘は肩と首で挟んだ。少々不格好ながらも雨に打たれないようにした。他に方法が思い付かなかった。


 ダンボール箱の底は少し濡れていた。持っている感触で、箱の色が変わるほどの水の侵食はしていないのが分かる。


 少し歩いていると、箱の中から声がした。


「ねぇ、どこへ運ぶか決めてるの?」


 俺は唸りながら考えた。この先にあるコンビニ、屋根のあるバス停。なるべく人目のつきやすい所が良いだろう。きっと良い飼い主に出会うはずだ。


「コンビニかな。店員さんに声掛けて置かせて貰うことにする」


「それはダメ」箱がドンと揺れた。声が慌てている。


「ん、どうして?」


「わたしと話せるのがあなただけだから」


「え?」


「わたしがコインパーキングに運ばれて君と会うまでの数時間、いろんな人が蓋を開けてわたしの頭を撫でたり、抱き抱えたりした。一貫してたのが、わたしが何を言っても通じてないというか、こっちの声が届いてなかったということ」


 猫の声が次第に訴え掛けるような口調に変わる。


「やっと言葉の通じる相手に会えたの。だからどこにも行かないで」


 そう言われてもな。大きな問題があるんだよな。うーん。


「うちで預かりたいのは山々なんだけど、無理なんだ」 


「どうして?」


「俺の住んでるアパート、ペット禁止なんだ」


 箱の中が静かになった。


 俺は気まずくなり、何も話さなかった。沈黙が続きしばらく歩いていると、住んでいるアパートに着いた。2階建てで、焦げた茶色の壁に黒い三角屋根が特徴的だ。


 建物の脇に階段があり、側面には『入居者募集』という看板。その下には大きく『ペット禁止』と書かれた看板が取り付けられていた。


 俺が住んでいるのは1階の奥。103号室だ。


 ダンボール箱をドアの前に置き、折り畳み傘を開いたまま外に置いた。乾かすためだ。


 ポケットから鍵を出して開けた。俺はしゃがんで蓋を少し開いた。俯いている猫に提案をした。


「雨の間だけうちで預かる。雨宿りだ。晴れたら、一緒に飼い主を探そう」


「ホント?」猫は目を輝かせた。「ありがとう」


 猫は箱からピョンと出て、部屋に入っていった。余程嬉しかったのか、足取りは軽い。反応からして後半の部分、聞いてないな。


 部屋の間取りは1K。一人暮らしの俺にとっては十分な広さだ。トイレと風呂が別々。そして学校から近いというのが決め手になった。


 カーテンを開けて外を見るが、雨はまだ止む気配を見せない。


「何か、殺風景ね」猫が首を部屋のあちこちに動かしている。


「テレビとテーブルと本棚。あと、最低限の家電があればそれで十分」


「ふーん」


 猫は表情が豊かだが、人間ほど多くを語らない。猫が今、何を考えているのかが読み取れない。



「ねぇ、君。もしかして今日傘盗まれなかった?」


「何でそう思うんだよ」思わず声が上ずってしまった。


「だって、帰る時に折りたたみ傘を使ってたから。折りたたみ傘は主に予備として使われることが多いのよ」


「それだけで盗まれたと?」


「もちろんそれだけじゃないわ。傘の取り扱い方とこの部屋を見てそう思ったの」


(部屋?普通だと思うが)


「疑問符が浮かんだような顔ね。部屋が綺麗に整っている。性格は恐らく、綺麗好きか几帳面。傘の扱い方で後者だと分かる」


 猫は玄関のドアの方を見た。外には開いて乾かしてある折りたたみ傘がある。


「登校する時折りたたみ傘を使ったのなら、学校に着いた時も同様に開いて乾かそうとするはず。でも、学校で開いたまま放置できるような場所はない


 それを君が1番分かっている。今日は、朝からずっと雨が降ってた。つまり持って行く傘は普通の傘。


 以上の点で盗まれたと思ったの」


 普通ならお見事と拍手をすべきなのだろう。だが、見透かされたようで怒りと悔しさが混ざったような感じがする。


「もしよかったら、犯人を見つける手助けするけど?」


「いや、いいよ。後で買いに行けばいい。盗まれたのはどこにでも売ってるやつだから」


「……そう。ちなみに犯人は、朝からずっとジャージを着ていた生徒だろうから。思い出してみて」


 ジャージ?そう言えば、うちのクラスにいたな。確かカッパ着て来たけど濡れたからって言ってたな。


 次の瞬間、頭の中で何かが落ちる音がした。


「そうか。カッパか」


「君の傘を盗んだ犯人は、今朝自転車で登校してきた。カッパを着てね。でも何かしらの理由でカッパの一部が破損。濡れてしまった。


 行きで濡れたなら、帰りも濡れるのは必至。なら、傘を使って帰るしかない。だから君の傘を盗んだ。どこにでも売ってるやつをね」


 猫の推理通りなら、困っている人にちゃんと必要なものが手に渡ったことになる。それが少し心の救いだ。


 胸を撫で下ろし、俺はその場で座り胡座をかいた。次の瞬間。


 ドアをコンコン、と優しく叩く音が聞こえた。


 俺は玄関の方へ行き、ドアスコープから来訪者が誰なのか確かめた。


 時が止まったような感覚に襲われた。ドアの向こうにはアパートの大家が立っていた。


 猫のいる居間の方に振り向くと、顔だけを出してこちらを見ていた。


「もしかして」猫が訊いてきた。俺の表情を見てすべてを察したらしい。


「そのもしかしてだ。大家さんが来た」


「わたしここに居たいの。何とかして」


「とりあえずこの場はやりすごすから。隠れてて」


 手で部屋の奥に隠れるよう促した。猫は居間の方へ消えていった。


「分かった」


 俺は玄関に向かい、深呼吸してからドアを開けた。

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