5章 別れ②

 は、真っ白で何もない空間に1人で立ち尽くしていた。

「櫻花、どうして僕の前に現れてくれないんだ」

「ずっといたわ」

カランコロンと軽やかな足音が菫の前にやってきた。

「櫻「貴方が私達の大事な子を、子達を傷つけた時もずっと私はいたわ」

櫻花は僕を見下すような冷たい眼差しで50年間求め続けたあの頃の陽だまりのような微笑みは決して見せてくれるような気配はなかった。

「……櫻花、僕が悪いのか」

「ええ、最低のゲス野郎よ。地獄へ堕ちなさい。……あとで迎えに行ってあげるわ」

櫻花はそう言ってくるりと背中を向けて僕を置いていこうとする。

「櫻花っ! 待ってくれ! 僕は君の為に人生も常識も全てを捨てたんだ! 君は僕を見捨てないでくれ!! 僕は君が大好きなんだ!!! 頼む!!!!」

僕は必死に叫んで櫻花を引き留めようと今までの思いを告白する。しかし櫻花は一切こちらを振り向く事なくこの場から姿を消してしまった。

僕は自分の両手を見て絶望する。血に汚れた、人の欲に溺れたドス黒い液体に塗れた恐ろしい両手をしていた。


「僕は……一体」

その場でしゃがみ込んで僕は自分の犯した罪の重さを櫻花の再会で思い知らされた。




 空深家 魔術工房

「起きて、虚」

ぼーとする。私、まだ生きている?失っていく熱を感じながら視線を菫に向けた。

見る影もないような老人の亡骸が絶望した顔で倒れていた。

「虚、生きて」

「おーか」私は冷たくなった唇を動かして櫻花の名前を呼ぶ。

「貴女の帰りを待っている人がいるでしょ!!」

櫻花は菫の呪縛から解放されている筈なのに何故か此処にいた。

「帰り……」私は咄嗟にあの懐かしい小柄な背中を思い出して涙が溢れた。

「会いたい」私は宵に会いたい一心で文字通り死にかけの身体を必死に動かす。一目だけでも良い、一言伝えたいんだ、頼む。

私はまだ宵に謝っていない。酷いことをしてしまった。彼が私を思ってあんな行動に出た事くらい解っていたのに私は宵の気持ちを踏み躙るような行為を行ってしまった。

「はぁ……はっ、ごふっ」出入り口の前まで行くと今までにない血の量が口から漏れて身体が言う事を聞かなくなってしまう。

動け! 動け!!

私は必死に身体を動かそうとするが脚も腕も全く動かない。

と、同時に最悪の事態が起きた。

菫の死によって起きた結界の崩壊と、私の屋敷の破壊が足され魔術工房にまで破壊が進んできて出入り口を天井から崩落してきた瓦礫で道を閉ざされてしまう。


「……虚! 虚!!!」

櫻花?

いや、違う……この声は桃子か? 何で逃げなかったんだ……此処も時期に壊れる。今すぐ逃げるんだ。

「にげろ」私は力一杯振り絞って声を出す。


何かが聞こえてきたが、身体の意識が保てず菫から伸びてくる無数の黒い腕のような何かを見て 嗚呼、死に引き込んでいるのか なんて考えながら私はそれを受け入れた。


 宵said

「マヤ! 止まって!!」

僕は車を停めるように大きな声で伝えるとマヤは急ブレーキをかけた。

「おい! 急いで……ん?」マヤは歩道を走る女性が目に入ったのか、車から出て女性の元に駆けつける。僕も助手席から降りて女性の元へ行く。

空深桃子だった。

全身が土や切傷でボロボロになり、とても綺麗とは言えない状態の空深桃子は僕を見て慌てて駆け寄り両肩を掴んできて

「お願いします! 私に出来る事なら何でもするから虚を! 助けてください! 唯一の味方なのっ! お願いします」

マヤは事情は知っていると言ってボロボロの空深桃子を後部座席に座らせて空深の屋敷へ向かった。

その時に虚が何をしたか空深桃子から聞いたが思っていたより派手に動いていたようで僕もマヤも言葉が出なかった。元から戦闘狂なところは持っていたがまさか屋敷全部を壊そうとしたなんて……。

僕等が、空深の屋敷に着くと辛うじて結界が張られていたが壊れるのは時間の問題だった。薄皮1枚みたいな強度まで落ちている。このままじゃ時期に壊れて中の状況は丸見え、魔術関連の組織が動いてきてもおかしくないレベルだ。

「マヤ、結界の上書きは僕がするから中で桃子さんと一緒にありったけの使える聖水を屋敷の敷地内に撒いて鎮火して。虚のアンサズはそこまで火力はない筈だから」

僕は手を伸ばして結界を上書きして条件追加【虚、マヤ、桃子さん、僕の出入りを許可】を追加して中に入る。


「なんてめちゃくちゃな」中は山火事でも起きたかのような状態で、あちこちで虚の魔力で暴走したルーン魔術の炎が舞い上がっていた。僕の指示で動き出す2人を見て僕は虚を探しに行く。


「虚がいるのは屋敷の地下の魔術工房です! そこをぶっ壊すって言ってたから!!」


桃子さんの声にハンドサインで返事して僕は魔術で加速して走り出す。まだ虚に伝えていないこと、叱らなきゃいけないことや謝らなければいけないこと……沢山あるんだ。

なのに死ぬなんて事したら許さないよ!


自身に結界を纏わせて、屋敷の中に入ると虚が見えると言っていた女性が僕にも見えた。桜色の紬を着た西洋風の顔立ちをした金髪の美女と言って過言のない女性。彼女は僕を見ると無言で進んで行った。昔見た空深菫が持ってきた亡骸の女性と同じ顔をしている。この女性あ空深櫻花、全ての元凶となり最大の被害者となった女性。

櫻花さんが立ち止まった先は瓦礫で道が潰されていたが扉からゆっくりと赤黒い血が流れてきた。

僕はペンダントに触れて、貯めていた魔力を金色の西洋の剣へと変換し瓦礫と扉を斬る。1回しか使うつもりがなかったので剣は金色の粒となって散る。

斬れて小さくなった瓦礫を跨いで中に入ると強い血臭に顔を顰めた。何だ、この後は……。

倒れた老人、恐らく空深菫だろう。哀れな男だと思うが、今の僕が同じ立場になっていたらと思うと何とも言えない。

僕はキョロキョロと虚を探す。

すると櫻花さんが僕の足下を指差した。僕は下を見ると白無垢が真っ赤に染まり血溜まりで眠っている虚を見つける。

「虚!」

名前を呼んで抱き起こすが反応がない。急いで身体の傷を魔術で塞ぎ治癒力を底上げさせるが意識が戻る気配がない。

血を失いすぎたんだ。マヤの元へ急がないと……血液の事になれば彼女を頼る他ない。

僕は虚を担いで空深の屋敷から出ていく。

「マ、マヤ……血液のストックある!? A型+の血液!」

屋敷を抜けて鎮火された庭園に虚を下ろしてマヤに叫ぶとマヤは舌打ちしながら特殊魔法ジッパーを使って医療器具と血液パックを取り出す。

「高くつくからなこの野郎」

マヤは文句を言いつつも虚の白無垢の袖を捲って医療器具の針を虚の腕に刺して輸血パックに器具の片方を繋げてスイッチを押す。するとみるみる血液パックが減っていきマヤは取り出した血液を慣れた手付きで取り替えていく。

「どんだけ出血したんだよっ……足りるか」マヤは空になった血液パックの数と今、虚に輸血している中身が減っていく血液パックを見て顔に手を添える。

「私、同じ血液型だから使って」桃子さんがマヤの持っていた医療器具を持って言う。

「針、ちょうだい」

「どんだけ持ってかれるか分からないぞ」マヤは警告するが桃子さんは儚げに微笑む。

「私は虚に生きろって言われてるから死なないわ。限界まで虚に注いで」マヤは頷いて桃子さんに医療器具を変えて

「横になってくれ」マヤは桃子さんを横にして腕に針を刺して再びスイッチを押す。

「マヤさんって変わった雰囲気? してる。宵さんとは違う……異質な空気」

桃子さんは微笑みながらマヤを見る。

「人間じゃないからな、今更な話だ」マヤは平然と答える。それを聞いて納得したのか桃子さんは黙って瞼を瞑った。




「ここ、何処?」

白い空間には、大きめな白いワイシャツ1枚で立っていた。

「虚」

目の前には櫻花が立っていた。

顔がいつもの死んでいる表情じゃ無い、優しく微笑んで私の両手を白い手が握ってきた。

「50年続いた呪いも縛りも全部、貴女のお陰で解けたわ。」

「お前、話せるようになってたんだな」

「菫が死んだら完全に話せるよういなったわ、虚……話したいことが沢山あるけど此処は貴女のいるべき場所ではないの。」

さらさらと自身の身体が光る粒子になっていき驚く。

「大丈夫、目を覚ましたら貴女のいるべき場所に戻れるわ。ありがとう、虚」

櫻花は背を向けて言う。

「喋れない亡霊のような私に毎日話しかけてくれて嬉しかった。烏滸がましいけれど、私や私の娘達の分まで幸せになって」

そう言って櫻花は無言で立ち尽くす。私は何故か自然と身体が動いてしまい気がついたら櫻花を抱きしめていた。

「あんたが私の知りたかった事を知るきっかけになった。ありがとう、櫻花」

そう言って櫻花を離して私は櫻花とは真反対の方に現れた扉を開ける。


「ばいばい、櫻花」そう言って私は白い空間から出ていった。




「私こそ……」1人で残った櫻花は大粒の涙を流す。

「生まれてきてくれて、助けてくれてありがとぅ……」

崩れなく櫻花の周りには3人のよく似た女性が囲むように慰め、立ち上がった櫻花は4人で虚の入った扉とは別の扉に入り姿を消した。




 マヤの車の中

「……ん」マヤの匂いがする。煙草とスッキリした芳香剤の匂い。

車の中? 走行音が聞こえる。

「虚? 目が覚めた?」私はマヤの車の後部座席で桃子の柔らかい太ももの上に頭を乗せて横になっていた。

「とーこ、私……生きてる?」物凄く重たい身体で起き上がろうとするが言うことが聞かずそのままの体勢で聞く。

「目ぇ覚めたか、虚」マヤの声に私は生きているんだと安心する、と同時に緊張した。

「菫は、宵は……宵はもう」私は重たい身体を無理矢理起こしてマヤに聞く。

「僕が何?」マヤの助手席には宵が座っていた。私は咄嗟に窓の外を見る。伽藍堂の森の外だ。

「宵、外に」私は宵が外に出ている姿、消えた櫻花、そして微笑む桃子を見て後部座席に腰を下ろして終わったんだと認識し再びだるさが戻ってきた。

「貧血状態で興奮すんなよ」マヤに言われて私は腕についている注射した後に貼られるシールや白無垢を適当に解いて刺された腹の傷を確認する。

「治ってる」

「外側だけだよ、暫くは帰って安静にしていないと駄目だからね」宵は振り返ることなくそう言う。

「……帰るって」私は眠気と痛みに耐えながら聞く。

「僕達の家に帰るよ。説教もしないといけないんだから」


ああ、また私は伽藍堂に帰れるんだ。

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