4章 決意③
私の世界は、空深の家の中が全てだった。服もご飯も勉強も玩具も全て用意されていた。
決められた口調、決められた仕草、決められた作法……ある日、違和感に気がついた。
それは絵本を読んでいて気がついたこと
お母さんも私も空深菫という人物をお父様と呼ばなければいけないこと。
お父様は加齢というものがなかった。30代過ぎくらいの落ち着いた物腰で顔立ちの整った男性。
私のお母さんの父親は血縁関係上、空深菫だった。私の父親も空深菫だった。何故、そうなのかが解らなかった。
全てを理解した時には、私はもう手遅れだった。
夜ご飯を唯一家族が両親と過ごす大広間で食べている時、私は突然初潮を起こした。
怖がる私、悲しむ母親、喜ぶ父親、大広間では父親の使い魔である黒い女性姿の目隠しをした妖精が掃除をして私を風呂場へ連れて行き身体を清潔に洗い月経についての説明や処理方法を教えてもらった。
「おめでとうございます、桃子お嬢様。これで役目を果たすことが出来ますね」
何を言っているのか理解が出来なかった。
だけど、その後すぐどう言う意味か理解した。
使い魔達に言われて指定された衣装を着てお父様の寝室に行く。それからは思い出すだけでも気持ちが悪い。
私は初めてをお父様に奪われて流産し存命の為に子宮を失い、そしてお母さんは未桜という隠し子を逃して殺されていた。
最初は全部が許せなかった。
病死してしまった櫻花という女性のせいで私は私でなくなってしまった。女ではなくなってしまった、家庭を持つことも友人を持つことも出来なかった。
櫻花に出会い恋したお父様を憎んだ。私を殺したも同然の人だったから、理由は単純で明確だった。
お母さんが私を助けてくれなかった事が悲しかった。
未桜がいるなら、私は妊娠、出産、流産、子宮切除なんて必要無かったじゃないかと逃げられた未桜が羨ましかった。
あの日記を見つけるまでは……。
お母さんは事前に私に鍵と日記をくれていた、どうするかは桃子が選択しなさいと。
そして、私は微かに残っていたお母さんの遺骨を掻き集めてお父様に頭を下げて許可を貰いダイヤモンドに加工して貰い身に着けていた。
そんなある日だった。
私が私室で眠ろうとしたらぼやけていたけど、お母さんの姿が目の前に写った。
「未桜は、伽藍堂に」
そう言ってすぐに姿は消えてしまった。
私はどうして自分の娘よりも未桜という子供を選んだのか気になって開いてなかった日記を読むことにした。
私はひっそりと魔術等を見様見真似で覚え始めていたので部屋のドアノブや窓の鍵に悪き者が入らないように護符文字という文字を刻みお父様の使い魔が入らないようにしていた。
日記の鍵を開けて中を見ると1年前から書かれていた。
要約すると、お父様は櫻花という女性の魂を降霊し現世に縛り付ける事に成功した、けれど視えない。
お父様だけが櫻花という女性が視えない、だけど私達には視える。彼女は未桜の後を追いかけてこの屋敷から出ていった。
未桜という少女は櫻花の遺骨の一部を素材として魔術で1から作り出したホムンクルスで常に自我が芽生えないようにあらゆる悲惨な事をして話すことすら許さず牢屋に監禁されていたと書かれている。恐らくあらゆる暴力を振るって心を潰していたのだろう。お父様ならやる筈だ。
未桜を探して伽藍堂に助けて貰いなさい。彼ならお父様の全てを壊せる力だってあるわ。
「無理だったよ、お母さん」
許された範囲、街の中を私は呟きながら歩く。自分がお店のガラスに写る姿が嫌いだった、いつも泣きそうな顔をしている。
自分で好きな服を着させて貰えない。
櫻花が当時着ていた服を何度も丁寧に直したものを私は毎日着用している。
「桃子」
女性にしては芯の強い声が私の名前を呼ぶ。私が俯いている視線を上げると目の前には綺麗な黒髪と紫陽花のような瞳を持つ表情の冷たい人形のような少女が立っていた。
「……虚」
私は震える唇で虚の名前を呼ぶ。
「お前との約束を守りに来た、家に連れて行ってくれ」
空深家の正門
「これ、全部桜の木なのか」
「お父様が桜が好きなの」
つまらなさそうな声で言う桃子の顔は悲しげだった。
「桜は苦手か?」私が聞くと桃子はコクッと小さく頷いた。私は少し考えてから言う。
「来年の春、一緒に桜を見に行こう。叶ったらな」
私は桃子の震えている手を握って笑えているか解らないが精一杯微笑みを浮かべる。
「おや、お客様かい? 桃子」
全身の身の毛が逆立つような若い男の声だった。記憶にはないのに魂に刻まれているのか私は嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
「お父様、私が最近通っている喫茶店で知り合った唯一の友人の虚です」
苗字を言うべきなのか悩んだ。便宜上、私はこう言う時は薬袋虚と名乗っている。それをこのお父様と呼ばれる男はどんな反応を示すんだろうか。
「……お邪魔してます、薬袋虚です」
私は反応を確認する為に、敢えて苗字を名乗った。様子を見てみると表情は変わらない。魔術で外見を誤魔化しているのか? それとも他の魔術師のように何か特殊な細工を施しているのか?
「桃子の父の空深菫です。僕も虚さんと呼んでいいかな?」
薬袋という苗字に勘づいたか? 私は肯定して菫に虚と呼ばせる事を仕方なく許す。
「桃子が友人を連れてくるなんて初めてだから嬉しいよ。桃子をよろしくね、虚さん」
大きな手が差し出されて私はなるべく平静を保ったまま手を握り返す。
それから菫は先に書斎に戻るよといい、西洋風の大きな屋敷に戻って行った。
「……ゾロゾロといるもんだ」
私は桃子に対してなのか私に対してなのか或いは両方か見張りのように使い魔が放たれていた。
魔眼を使えば見える。
そう言えば桃子にも見えているようだった。
「桃子」
「私の部屋に行きましょう、虚」
桃子はそう言って私の腕を組むように引いて歩く。
「さっきよりお父様の使い魔が増えてる」
小声で私の耳元で言う。
「お前も魔眼持ちか」
私が小声で聞くと頷く。こいつ、魔術師の娘だからなのか潜在能力なのか近くにいると魔力が高いのが解る。
空深家、いや空深の屋敷はホールがあり、左には大広間と呼ばれる食事をする場所があり右は立ち入り禁止と言われていて1度も入った事がないという。恐らく魔術工房に繋がる道なのだろう。ただでさえ空深の屋敷は結界が張っているのか気持ちが悪くなる感じがするのにその通路からは微かに不気味な魔力を感じる。
魔力は一種の情報だ。宵、マヤ、律華、それぞれ違う魔力だが共通して他者に攻撃的な気配はなかった。だがこれは、毒のようにじわじわと心を蝕むような嫌な感じがする。
中央の階段を上がると目の前には大きな肖像画が飾られていた。
金髪の西洋系の顔立ちの女性の白無垢姿で椅子に座り、横には袴を着た菫が立っていた。恐らく結婚当初の櫻花と菫の肖像画だ。
「これは結婚当時のものらしいわ、私も詳しくは聞いてないから解らないの」
桃子はそう言って私の腕を引いて自室と思われる部屋へ入る。
「鍵、閉めてくれる?」桃子がそう言うのでドアノブの鍵を閉める。すると不気味だった魔力の気配は一切なくなり呼吸がしやすくなった。
「結界か?」私が聞くとベッドに座りながら桃子が微笑む。
「流石、伽藍堂にいたからなのか解らないけど勘が良いね。屋敷の土地全体がお父様の結界が張られていて此処だけが唯一の私の居場所」
「独学か? 凄いな……魔術師になる才能が有るんじゃないか?」
私がそう言うと桃子は立ち上がって勉強机の引き出しから赤い巾着袋を取り出して中を見せてきた。
「これは私が1番力を込めて作ったもの、魔力を込めて衝撃を与えると爆発する爆弾。虚、これで工房を全部壊して」
「工房を壊したら、この屋敷はどうなる?」
「工房は隠し通路があるらしいからそこから逃げて、屋敷は私が壊す」
「……死ぬ気なのか」私が聞くと、桃子は何とも言えない微笑みを浮かべた。
「虚、考えてみて? 玄孫であり娘であり犯されて子宮を奪われて軟禁生活で生きてきた私がこの先生きていけると思う? バカみたいよね……死者蘇生の為に娘達を犯して失敗してそれでも諦めないのよ。このまま被害が家族以上になってしまう前に絶対に止めないと」
桃子が首から下げている指輪をギュッと握って決心した眼差しを私に向けた。
「お互いに決心はついてるみたいだな。桃子、気づいてるだろ」
私は扉に指を指して言う。
「……分かってる、全然自由時間くれないのね。何が原因かしら」
くすくす笑いながら桃子は私を見た。私は鞄の中から折りたたみナイフとマヤから借りた短刀を鞘から抜いて取り出して鞄を桃子に渡す。
「死ぬな、お前は生きていて良いんだ。好きなことしろ、今回の願いは私が叶えてやる」
私は短刀を持って扉の鍵を開けてドアノブを捻って渡された巾着袋の中身、ビー玉を1つ取り出し魔力を込めて投げて扉を閉め鍵をかける。
扉の外で爆発音がなり、部屋が揺れる。
「魔力込め過ぎたっ! 桃子!窓から飛び降りて脱出するぞ!」
桃子にそう伝えて窓を開けながら防御用の魔具を1つ渡す。
桃子を抱きしめて窓から飛び降りる。
「数分は身隠しが出来る魔具だ、行け!」
「えっ」
「生きろ! どんなことがあっても生きれ!」
ふらついてはいたが桃子は苦しそうに頷いて庭園の方を走って正門の方に向かった。
「私はお前等のことはよく覚えてないし、正直どうでも良いんだ」
桃子を追いかけようとした使い魔の顔面を短刀を握っていない方の手で拳を作り殴り飛ばす。
「ただ、存在が許せない。だから殺す」
私はそう言って短刀を持ち、的確に1人ずつ心臓を貫いて塵にしていく。決して桃子の元へは行かせない。
桃子が正門に出た合図が空に浮かぶ、それを見て私はマヤに教わったルーンを書いた石を庭園を一周して巻き散らし、屋敷の正門に着き唱える。
「アンサズ」
すると、庭園の草木が一気に燃え上がり神聖な炎に穢れた妖精たちは怯え始め、私は1人残さず殺して屋敷に戻る。
中にいる使い魔も心臓や眉間を狙い壁や床、あらゆる面を利用して殺していく。飛べない上に動きが遅い、魔力に頼った者特有の旧世代の魔術師のような動き、マヤの言っていた通り魔術を得意とする者は近接戦闘に弱い。
全てを倒したのか、気配がなくなる。
「はぁ…はぁ」
100から先は数えられなかった、ただひたすら急所を狙って速攻を仕掛け続けた。
呼吸を整えて歩を進める、警戒だけは怠れない。散々使い魔を殺されたんだ、そろそろ出てくるだろう。
「未桜だね、君は」
一歩前に進んだ瞬間、目の前に空深菫が目の前にいた。可笑しい……コイツ、ただの人間で脆い筈なのに身体が震えて動かない。
「あの日、逃げ出した先があの伽藍堂だったのは驚いたよ。魔術師・薬袋宵、確かに
近づいてくる菫に短刀を構える。
「知らなかったかい? 魂を作り出したのは僕だよ。君の攻撃は僕には効かない」
突然、菫が私の横に立ち耳元でそう言う。私は慌てて短刀で菫の腹を貫こうとするが菫が蝶のような姿で分散し
「戻ろう。あの頃に……」
大量の鱗粉を撒き、私は吸い込んでしまう。カランッと短刀を落として膝を床に着いてしまう。
「おやすみ、薬袋虚。君はもう2度と目覚めないように人格を封印させてもらうよ」
視界が微睡み、私の意識はここで真っ黒な闇に引き摺り込まれてしまった。
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