4章 決意①

 伽藍堂付近、バス停

「あの、どなたかと勘違いされているんじゃないでしょうか」

私は駆け寄ってきた女性に対してそう伝えると女性は首を横に振る。濡れた鴉の羽のように黒い長髪がふわふわと揺れるのが綺麗だった。

「私と同じで貴女に見えている筈よ、櫻花おうかが」

そう言ってその女性はサクラを見ていた。

「見えるのか、お前には」私が聞くと女性は頷く。

「私は空深 桃子うつみ とうこ。願いがあって伽藍堂に来たの。母さんは私に教えてくれていた。色々あって最近まで忘れてたけど未桜は伽藍堂に逃がす、何かあったら伽藍堂に行きなさいって」

**と叫んでいたあの女性がこの女性の母親、そしてアレは名前だったのか。

「何かあったから伽藍堂に来たのか、あっと私のことは虚と呼んでくれ、桃子」

「伽藍堂の店主に拒絶されるかもしれないからさきに話しておきたいの。私について虚について」

そう言って、桃子はバス停にある2人ほどが座れる椅子に座る。

「話、長くなるから飲み物買うけど飲めないものってある?」

あ、と思い出したように立ち上がってベンチの隣にある自動販売機の前に立って聞いてきた。

「……ブラックコーヒー」

俯きながら答えると桃子はくすくす笑いながら微糖の紅茶缶を差し出してくれた。

「ありがとう、お金……」私は鞄から財布を取ろうとすると桃子が私の手に触れて首を横に振る。

「良いの、あげる」桃子はそう言って座り直して私に隣に座るように促す。私は隣に座ると桃子あ話し始めた。


「空深の家は魔術師のせいで呪われていて代々女の子しか生まれないようにされているの。

理由は魔術師の花嫁・櫻花が子供を産んだ後すぐ病死して、狂ってしまった。

魔術師は櫻花によく似た自分の子供に対して徐々に櫻花を重ねてしまい子を孕ませてしまった。

そして良くないことを思いついたのよ。

子供を櫻花にしようと……。

最初は生き写しを作っていたけど魔術師はそれだけじゃ満足出来ず櫻花の魂を降霊し縛り新しい器に入れようとした。

その器が今まで生まれて来た女児や私、器に使えなかったら子作りを強制される、近親相姦ってヤツね……私が16歳の時、流産して2度と子供が産めないと解ると魔術師は櫻花の亡骸からDNAを使って魔術でホムンクルスと呼ばれる存在を作った。最高傑作だと魔術師は喜んで自我が芽生えないように外界に触れさせず地下室の魔術工房に監禁していた。

それが未桜、未桜だけは普通に生きて欲しいと私の母は未桜を伽藍堂へ逃し、魔術師にバレて使い魔に殺されて……」

長く語る桃子の手は震えていた。私はそっと彼女の手を包むように握る。

「それでね、母さんは魔術師の使い魔に殺されて餌にされたの……遺体も残らなかった。私の願いはその魔術師を殺して使い魔が保管されている魔術工房を破壊して欲しい……自分の人生をこれ以上汚されたくない」

私の桃子の母親に逃してもらって宵に助けてもらったのか。

「桃子、母親の墓はあるのか」桃子は首を横に振って首から下げているダイヤのネックレスを見せてきた。

「これが母さんの残っていた微かな骨から作れたネックレス」

私は少し考えた後、飲み終えた紅茶缶を缶ゴミに捨ててから桃子を抱きしめる。

「辛い話を話してくれてありがとう、桃子の母さんが私を助けてくれなかったら私は生きていられなかった。私は今幸せだ。」

桃子は震えながら私を抱きしめ返し、暫くその時間が続いた。

どれくらい経ったか解らないが桃子は離れて

「虚、薔薇の良い香りがするわ。薔薇祭りに行ったの?」

目の端を赤く染めた桃子が聞いて来た。

「ああ……ん? 宵?」

青い硝子細工のような鳥が私の肩に止まった。

“帰って来なさい”

私の脳に直接、宵の声が流れ込んでくる。

「桃子、そろそろ伽藍堂に行こう。宵が店にいるみたいだ」

私が桃子を支えながら立ち上がる。

「綺麗な使い魔ね、お父様のと全然違う」宵の使い魔にフッと淡く微笑む桃子。

「お父様ってヤツが魔術師なんだな」そう聞くと桃子は頷く。

あの黒い妖精、サリエルも空深の魔術師に利用されたのか。どんな魔術師なんだ、空深の魔術師は……

「虚?」桃子に呼ばれて我に返る。

「いや、何でもない。行こう」私は桃子の手を引いて伽藍堂の森に入ろうとした瞬間 バチンッ と激しい静電気のような音がした。

私はいつものように中に入れたのに桃子だけが弾かれた。

「桃子?」私は慌てて弾かれて地面に尻餅をついた桃子を助けに行こうと手を差し伸べるとぐいっともう片方の腕を強く引かれて後退りしてしまう。

腕を引っ張っていたのは宵だった。宵の張っている結界に桃子が弾かれた。

「悪いけど、空深の魔術師が生きている間は関わる気は無いんだ、他を当たってくれるかい」

宵の口調はいつも通りなのに、何故か氷のように冷たい雰囲気を纏っていた。

これは、敵意だ。

「お父様が貴方をこの森に閉じ込めた事は知っています、お父様さえ……」

桃子は懇願し縋るような必死な目で宵を見る。

「君は虚に人殺しをしろって言うのかい」

宵はすかさず責めるようにキツく言う。

「……宵」

私は怖くて宵を止めようとするが、その前に桃子が言う。

「……虚、貴女だけは幸せでいてね……帰ります、申し訳ありませんでした」

ちょうど来たバスに桃子は逃げるように走って乗り込んでしまった。

「桃子!」追いかけようとしたが、宵がしっかりと私の手首を掴んで首を横に振る。

「帰るよ、君はもうあの家の人間に関わったら駄目だ」

宵に手を引かれて私はそのまま伽藍堂に帰った。


伽藍堂に帰ってから私は一言も宵と話せなかった。ただ帰ってきて宵は地下の工房に行ってしまい私はリビングに行きマヤと宵に渡すはずだった包装されたプレゼントを鞄から取り出して見つめる。赤い紙で包装されたのはマヤ、青い紙で包装されたのが宵のものだ。

赤い方は鞄にしまいリビングのソファーに鞄を肩にかけたまま座り込む。座り込んで、ただ時間が経っていくのを時計で見ていた。

5時、6時と時間が過ぎ去っていき外が薄暗くなっていく。

「私、どうしたらいいんだろう……」

過去は知れた、今まで私的には幸せに生きてきた、でもそれって私は桃子の母親の命を犠牲にして得た幸せじゃないか?

桃子が不幸なまま、私は見捨てられるか? でもよくは知らない人間だ。

「ああっクッソ!!」

私は乱雑に髪の毛を掻いて背中をソファーにぶつけるように仰向けになる。

くるくる回る照明の羽を見つめる。行くか、行かないか。

「駄目だよ、関わったりしたら」

いつから見ていたのか解らないが、宵がリビングに入ってきて言う。

「何で頑なに関わる事を拒むんだ、サクラ……櫻花の束縛された魂は!? 宵はずっと森の中で暮らすのか!? 自分の母親を殺されたり孕まされたりした桃子は!? 皆苦しんでるんじゃ無いのか!? 私は、私だけ逃げるのか」

頭の中にあった事を全部ぶちまける。はぁはぁ……と息切れを起こしてその内、息切れが可笑しくなる。息が浅くなっていきそして息が上手く出来なくなる。

苦しくなり縮こまると宵が駆けつける。

「虚!? ゆっくりを吸って、僕を見て、落ち着いて、大丈夫だから」

宵に顔を上げられて必死に声をかけられる。徐々に浅かった呼吸は正常な音を鳴らし、自然と涙が溢れた。

「私、どうして泣いてるの」

宵は無言で座っている私を抱きしめた。

「宵?」

「大丈夫……全部忘れよう」

宵は私の額に人差し指をトンッとつける。私は慌てて宵の手を払う。

「絶対無理、忘れるなんてごめんだ。私は宵ともう一緒に居られない。」

私は立ち上がってプレゼントをテーブルに置いて出口に向かう。宵は私の手を掴もうとした瞬間、背後に回って首裏に手刀を当てて気絶させる。

「虚」小さい声で宵が私を呼んで倒れるのを支える。

「ごめん、宵」宵を横抱きにしてソファーに寝かせてブランケットをかける。眠る宵を見て私は少し躊躇いながらその小さな顔にキスする。

「ここの生活が……宵が大好きだよ」

聞こえていない言葉を残して私は伽藍堂の鍵を閉めて出ていく。




夜の街は、ポツリポツリと雨が降って来ていた。雨は意外と弱いのに顔が濡れていてまるで泣いているのか、それともただ単に雨で濡れているのか解らなかった。

自分から決めたのに、あの居心地の良かった場所の匂いや空気、人を思い出して胸が痛くなる。

適当に進んでいくと細い人気ひとけのない道に入る。そこには何かの店の前にベンチがあり私は座る。

店は既に明かりが消えていてやっていないようだ。屋根の下にベンチがあって助かった。このままでは風邪を引いて宵に……

「あ」

ははっ……と乾いた笑いが漏れる。さっき、自分出てきたのに何かあったらすぐに宵を頼ろうとしてしまう。

「店の前で、どうかなさいましたか? お嬢さん」

買い物袋を抱えている中性的な人が私に話しかけてきた。

銀色に紅いインナーカラーの入った跳ねた髪、後ろに伸びた髪が赤い紙紐で結われ、中華風の服装に丸い薄い青みを帯びたサングラスをかけた不思議な雰囲気を纏った30代いかないくらいの人。この空気感、少し宵に似ているような気がする。

「おや、お嬢さんは薬袋君のところの虚さんでは?」

私が御仁を見ていると向こうから私の事を聞いてきた。

「なんで」私が聞くと、御仁は店の鍵を開けてドアノブを回して

「私は律華りふぁと申します。

薬袋君や神崎さんの古い友人のようなものです、よかったら中へ。風邪を引いてしまいますよ」

律華と名乗った御仁は私を店へ入れてくれた。

 鬼灯のような形をした明かりがつき、赤い柄の入った壁や茶色い家具を見て綺麗な店だと思った。中華風の家具等が置かれていて周囲を見渡していると律華からタオルを渡される。

「使ってください、その間にお茶を淹れます」

「……ありがとう」私はタオルを受け取って濡れた頭や身体を拭く。

拭き終わると律華がタオルを持って裏の方へ行ってしまう。立っていた私は適当にカウンターの椅子に座る。

律華が戻って来て私は失礼を承知の上で聞く。

「あの、女性……ですか? それとも男性?」

そう聞くと律華はクスクスと笑って

「よく聞かれます、私は性別上、女性に分類されます。仕草や服装、声でわかりにくいようですね」

彼女はそう言って透明なティーポットを用意して中に球体の茶葉を入れた。

「変わった茶葉でしょう? そう言えば茉莉花茶は苦手ではなかったですか?」

茉莉花? 私が首を傾げて飲んだことがないから解らないと言うと律華は落ち着きますよと言いながら沸かしていたやかんのお湯を注ぐ。

「さて、虚さんはこんな時間にどうしたのです?」

「……別に」

「何もなかったら泣く必要は無いでしょう? 大丈夫です。薬袋君にも神崎さんにも私は言いませんよ」

「私、は……人間じゃなかった。生きていて良いモノじゃなかったんだ……」

私は溢れそうな涙と嗚咽を抑えながらそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る