3章 眼球③

 悲鳴が絶えなかった。

ある魔術師に捕まえられ仲間妖精が魔術師によって改造されてしまった仲間妖精の羽を毟り取っては喜んで魔術師に差し出していた。

そしてこの私も気がついたら奪う側になっていた。

バリバリと背中から千切られる羽、こぼれ落ちていく血と涙……そして想い。

それから私は魔術師に命令されるがまま長い時間動き始めた。最後の命令は子供を動けないように半殺しにして屋敷へ連れ戻してこいという内容だった。

それが、あの娘だった。

金髪の西洋風の姿から日本風の少女の姿に変わっていたが、感じた微かな屋敷に漂っていた何かを彼女から感じ取れていた。

あの日、あの娘を追いかけてぶつかった他の魔術師の結界による効果が何かか何故か魔術師の洗脳が解けた。

私は他の仲間たちが無理矢理結界を破ろうとしていたのを、殺した。

全員殺して、力を蓄える為に喰らった。私達から羽を奪い堕とした魔術師に復讐する為に……。

その内、私は他者、特に妖精に害なす魔術師を喰った……世界中を回って喰って魔力を蓄えた。あの屋敷を滅ぼす為に自らを爆弾にして。

でも、あの子供の魔眼だけは食べられなかった。あの子は何も悪くない。でも自分から要らないと言ったモノだ。

「もう、喰っていいだろうか」

もう、魔力が欲しくて欲しくて自分が自分では無くなって来ていた。善意と私欲が私の中で渦巻いていた。

雑居ビルの屋上で私は背中のもう痛まなくなった傷が疼き、心身共に混沌と化してどうにかなってしまいそうだった。

「またか」

凛太郎という少年の眼球と私の眼球を魔力で接続し彼の視界に写るものを私にだけ視えるようにしていた。

関わるな。と警告を出した途端、あの娘は凛太郎に近付いた。

「あの娘を喰えば、魔術師はどんな表情をするだろうか」

ニィッと口の口角がこれでもかと言うほど歪に上がった。

「いや、2人ともだ。もう生きていても意味ないだろう。バラバラにして喰ってやる」妖精は黒い霧になって屋上から姿を消した。




 伽藍堂の近くのバス停

「雨降って来たな」

凛太郎と一緒にバス停の屋根の下に入り激しくなってきた雨にため息が出る。

「風も出て来ましたね……早めに伽藍堂に向かいませんか」

「いや、知り合いに迎えに来てもらおう、雨風が激しすぎる……凛太郎が歩くの大変だろう」

私は携帯電話を鞄から取り出してマヤに電話をかけようとした。


その時だった。


「凛太郎、これを握って絶対に放すな」

私は宵からお守りとしていつも貰っている防御結界? が身に纏ってくれる宝石を凛太郎の手に握らせてバス停から出て凛太郎の手を引きながら宵の結界の範囲内に急ぐ。

「虚!?」

「説明してる時間がない! 急げ!」

私は凛太郎を引っ張って結界の中にぶん投げた。バシャンッと激しく地面に叩きつけてしまうがギリギリ結界内に凛太郎を入れることが出来た。

「さっき丸出しなんだよ! お前はっ!」

私は鞄の中にあるナイフを取り出して黒い女に目掛けてナイフで殺気のある位置を切る。

鞄を結界の中に投げ飛ばし、すぐに周りの空気が歪んで行くのが分かった。

「羽を失っても妖精は能力までは失わぬ」黒い女は幻で本体が数百メートル離れた場所に現れる。

「妖精、羽を失った……それがお前の正体か!」私は叫ぶ。

「ああ、挨拶はしていなかったな。サリエルだ、月の森の妖精だった」

「虚だ。凛太郎に眼球を返す気はないか」私はナイフを下ろして問う。

「ない」

「この国には、三度目の正直ということわざがある。凛太郎に眼球を返して森に帰る気はないのか」

「くどい、私の考えは変わらぬ。使命とすら思っている。私は私達を壊した者に罰を与える」

サリエルはそう言ったと思った途端、黒い粒子状に分散し空中で声だけが響く。

「お前はずっと孤独だっただろう? 親に殺されかけて、助けられてもそうやって非常識、非日常という幸せとは程遠い領域に留まってしまった」


「さぁさぁ、お眠りなさい。そして幸せな夢の中で終わらない夢を見続けなさい」

黒い粒子は徐々にサリエルの形になり、私に抱きつき青い口紅で色付けられた唇で優しく囁く。

囁きと同時に目の前の雨風に覆われ薄暗くなった景色が変わり、知らない家のリビングになる。




「どうしたんだ? **。また寝坊したのか」

温かい空気と、味噌汁の匂い、そして40代と思われる優しげな顔立ちの男がスーツのジャケットを着て仕事用の鞄を持つ。

「**、起きるの遅かったけどまた夜更かしでもしたの? だめよ〜肌に悪いから」

キッチンには鍋をガスコンロで温めている40代と思われる赤いエプロンを着けた女が立っていた。

私は周囲を見渡すと洗面台があり自分の姿を見ると紺色のセーラー服を着た金髪の西洋風の少女がいた。

「**? 早くご飯食べちゃって」

「ごめん、お母さん……私怖い夢見てたみたい」

私は慣れた足取りでいつもの自分の席に座って用意されていたご飯と味噌汁、焼き鮭にお母さん特製のお漬物を見て自然と笑みが浮かぶ。

「あらあら、なら美味しいもの食べて元気出さなきゃね。果物切ろうか?」

「こらこら甘やかさない、じゃあ俺今日早いから行くわ」

「「行ってらっしゃい、お父さん」」

私とお母さんの声が被る。3人は和やかに笑って騒がしい朝を過ごした。

「いただきます」

パクッと朝ご飯を口に運んで、違和感に気づく。味が違う。

「どうしたの? **」

「……誰だ、お前」私は箸を置いて立ち上がる。

「どうしたの**、そんな汚い言葉遣いやめて」

「私は**じゃない」右手を見るといつも通りのナイフが握られて服装もノースリーブのワイシャツに黒いネクタイ、黒のスキニーパンツに変わった。

髪の毛も触れると肩につく位の長さになって魔眼も使えるようになっていた。

「私は虚、私の親はいないし家族は宵だけだ!」

「何故お前は私の邪魔をする!!」

私は振り上げられた包丁を素手で掴み、もう片方の握っていたナイフを力強く握り直して母親と呼んだ女の首を切る。

激しい血飛沫と共に倒れる母親、そして戻る現実の雨風が激しく落ち葉が舞う風景。



「よお、随分気持ち悪い夢を見せてくれたな、サリエル」


私が切った母親役はサリエルだったようで私の目の前で首からドクドクと血を流して倒れていた。私の左手も開くと包丁を受け止めた時の少し深めの切り傷が出来ていて血がポタポタと流れていく。

私は両膝をつき、ナイフを首に突き立てながら聞いた。

「サリエル、死ぬ前に教えろ、私は何だ」

「……」

「私は誰かの器か」

「……知ってるではないか、お前は……ベアトリーチェの、最後の……器だ」

ベアトリーチェ? 煉獄から天国へ導く案内人のあのベアトリーチェか、それとも外国人女性の名前……まさか!

「ベアトリーチェは和装の女か!」

私は急いで問い詰めるがサリエルは私の手を掴んで自らの手で命を絶った。激しい血飛沫が舞い、サリエルはパラパラと黒い雪のように姿を崩し散った。

「チッ……」

……疲れたから楽になりたかったのか。

同胞を次々と尊厳を破壊し、機械のように動かした魔術師への復讐も力を得る為に他者を喰らい続けることも羽という妖精の象徴を失って生きることも

「逃げられた、ってことか」

私はナイフに着いた血を確認すると消えており、魔力すら感じなかった。

完全に、サリエルは死んだ。

だが、サリエルが残していった鳥籠のような形をした入れ物には眼球が2つ、液体の中で浮いている。

「まぁいい。仕事は出来た」

私は入れ物を取り、凛太郎の傍に駆け寄る。

「悪い、怪我は無いか」

地面に倒れ込んでいた凛太郎を起こす、すると入れ物が光り出して消失してしまった。

「は?」

魔力の残滓すら残さず入れ物も中に入っていた眼球すら消えてしまい焦る。

「お疲れ様、虚……怪我は浅く済んだみたいだね」

傘をさしながら歩いてきた宵は傘を地面において私のネクタイを勝手に解いて左手の止血をしてくれた。

「お疲れ様、仕事はおしまいだ」

「虚に、宵さん?」

凛太郎の震える声に私と宵は凛太郎を見る。

凛太郎の瞼の蔓はなくなり、空のような青く澄んだ瞳が私たちを見ていた。

「見えるか?」

私が聞くと凛太郎が頷いて涙を流しながら気絶した。

「凛太郎?」

「大丈夫、魔眼が戻った影響で気絶しただけだ。

ずっと妖精のそばにあったものだから影響を受けて強化されていたみたいだね」

そう言いながら宵は凛太郎の両瞼を手のひらで撫でると青い蝶が2匹出てきた。

「それが凛太郎の魔眼の力を具現化したものか」

青い蝶は少しの間、空中を彷徨い宵の緑色のブローチに止まりパァァッと魔力の光となって吸収された。

「これで願いは叶えた。マヤに頼んで警察で保護したという事にしといてもらおう」

伽藍堂で休ませればいいのに、と思ったが確かにいつ目を覚ますかも分からないのをいつまでも預かるのは世間で言う行方不明の扱いになってしまうだろう。

「そうだね」

私は凛太郎を横抱きし、宵は凛太郎の学生鞄と白杖を持って伽藍堂に戻った。


これは後日談となるが、マヤから凛太郎が保護され搬送された市立病院で目を覚ましたと言っていた。

そして視力も元の状態に戻り、もう孤独な世界に居ずに済むだろう。

しかし伽藍堂へ訪れた記憶が丸々無くなっていたと言う。

一時的なものなのか、永久的なのかはわからないが願いは叶った。伽藍堂としては問題ない。

私自身はというとショックだったかと聞かれると分からない。

友達になってすぐ友達ではなくなった、ただそれだけだ。

私は凛太郎が教えてくれた薔薇祭りが行われている会場に来ていた。老若男女問わず集まり、香る甘い薔薇の香りと活気に私は少し驚いた。

伽藍堂や通っていた喫茶店とは違う雰囲気だ。

「お嬢さん、何か探しているのかい」

私がキョロキョロしていると出店を出している初老の女性に話しかけられる。

「……日頃の感謝を伝えるための品を探して……これは」

長机の上に並んだ薔薇で出来たリースや箱に詰められたモノを見て聞く。

「プリザーブドフラワーさ」

私は気になったモノを2つ取る。

「お目が高いね、その2つは今年1個ずつしか出さないんだ。可愛いだろ? 色違いなんだ」

「下さい、包装は別々でお願いします。あと、その薔薇の紅茶も1袋下さい」

私は買い物をして帰ろうとすると凛太郎が私の隣に立って品を見ていた。

「こんにちは」

凛太郎に挨拶されて私は覚えてるのかと思ったが

「こんにちは」

挨拶をするだけでそれ以上会話はなかった。やはり彼には記憶がないようだ……正直、一瞬だけ期待していた私がいた。

私は包装してもらった商品を受け取りお金をちょうどで支払い

「さよなら」私は凛太郎にそう伝えて伽藍堂へ帰るバスへ乗る。いつも通り、宵のいる伽藍堂へ帰ろう。


 伽藍堂付近のバス停

私は運賃をカーディガンのポケットから取り出して払いバスを降りる。

今日は少し肌寒いなと思っていたが陽射しが強くなってきたのかバスを降りると暑くなっていて着ていたカーディガンを脱いで帰ろうとするとサクラが立ち止まり対向車線の奥にある歩道を見つめていた。

「なんだってんだ」

さっさと伽藍堂に帰りたかった私はぼやきながらサクラと同じ方を向くと横断歩道がある訳でも無いのに白いブラウスに紺色のロングスカートを履いたサクラに顔立ちが似ている黒髪ロングヘアーの女性が駆け寄ってきた。

深海のように深い青みを帯びた黒い瞳が私を見て手を握ってきた。

「何だお前いきなり……」

「やっと見つけた! 未桜みおう!」


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