3章 眼球②

「その眼球、返してもらおうか」

 ナイフを黒い女に向けて言うと

「ほう、お前……生きていたのか。作られし子よ」

!?

「お前、私のことを知っているのか!!」

「妾はもう。だからあの小僧にに関わるでない。」

黒い女が砂塵と化して消えて行こうとするのを私はナイフで切り掛かるが間に合わず、黒い女に逃げられた。

「なんなんだ、くそっ」私はその場でダンッ! とコンクリートの床を一回踏んでナイフをしまいため息を吐いてその場を去った。


 伽藍堂


「ただいま」

私は伽藍堂に帰って、また溜め息が出る。

「おかえり、どうしたの? 行ってきた時と真逆じゃないか」カウンターでパソコンで作業している宵がソファーに横になる私を見て驚く。

「別に」むっすぅ……とさっきの事を考えていると突然宵がやってきて

「何があったの」私の上に跨って座り、顎を人さし指で上げながら真面目な顔で聞いてきた。

「凛太郎の眼球を奪った奴に会った、ソイツは昔私を殺そうとしていたらしい……あと」

続けて言おうとすると宵が

私の腹の上に座ったまま考え事を始める。

「おい、いつまで乗ってるつもりだ」

「……お前等、ここではにしてるんだ」

カランカランと扉鈴ドアベルがなると、めずらしく黒いVネックにジーンズ姿という私服姿のマヤが入ってきた。

腰に着けていたバッグに車の鍵をしまいながらマヤは呆れつつ、宵にUSBメモリーを渡した。

「御神楽凛太郎による資料だ。ちょうど昔知り合いのツテで手に入った、でも聞いてた話と何か違ったぞ

パソコンに繋げて中、確認してみろよ」

宵はやっと私から退き、カウンター内にあるパソコンを持って

「虚、今日はもう閉店でいいよ。こっちの仕事手伝って。マヤは裏に車ずらしてリビングに来て。ご飯食べて行くでしょ?」

「じゃ、お言葉に甘えて」

私は頷いて伽藍堂の扉にかけた札をopenからcloseに変えて鍵をかけて、カウンターの中に移動して裏口を開けに行く。

開けに行くとちょうど、マヤが車を移動させた後で

「タイミングいいな」と言いながら入って来た。

私は裏口の鍵をしめてマヤと2人でリビングへ向かい、扉を開けてお互い靴を脱いでリビングに上がる。

伽藍堂の造りは特殊で地下に工房、1階に伽藍堂、2階に住居スペースであるリビングに階段かエレベーターで移動出来る。移動して着くと扉がありリビングと玄関が同じ部屋にある。

「2人とも来たね、お茶とお菓子用意したから食べながら資料確認しよう」

宵は3人分のアイスティーとマカロンを持ってテーブルに並べる。

マカロン好きだけど、あんまり食べすぎないようにしないとまた笑われる。

「虚、マカロン好きでしょ?」

「そういや昔感動してバクバク食ってたな!」マヤは思い出して笑う。

「お、おい! マヤいる時に言うな……バカ」私は恥ずかしくなって赤面しているのが分かり両頬を手で押さえる。

「「……」」

「何」黙って私を見る2人に聞く。

「「虚が女の子してる」」

「うるさい、私の勝手だろ」私はそう言いながら顔を逸らして、窓の外を見る。

金髪の女は、やはり視界内に居て無言でいたが微かに微笑んでいる様に見えた。この女、感情があるのか。

「虚」宵が隣に密着するように座って来たので振り返ると口にマカロンを咥えられた。

「何だよ」半分齧って食べてから聞くと

「手作りしたものを喜んでもらえるのって作ってる側からしたら嬉しいんだよ」

「私も今度、何か作ってきてやろうか」マヤが笑いながら聞くから私は驚く。

「マヤ、料理出来るの?」マヤから料理の才能があるとはあの日常生活からは想像出来ない。

「出来るわ! 今夜の晩飯作ったろか!?」

「助かるなぁ、そうしたらまた徹夜出来るし泊まってくれるなら伽藍堂の事も多少任せられる。いい友を持ったよ。」

「……あ」マヤは墓穴を掘った、と呟いて冷蔵庫を見ていた。

「じゃあ。こっちは凛太郎君の情報を見ようか。えっと何々……あれ? 凛太郎君の母親も事故死って聞いていたけど」


御神楽凛太郎の経歴

父親=御神楽凛太郎が小学3年生の時に事故死、母親=離婚後行方不明

現在は父方の祖父母の養子として生活している。

御神楽凛太郎は小学3年生の前期終業式が終わり帰宅すると母親の不倫現場を目撃してしまう。

その後両親と不倫相手3人で話し合いをし、離婚することになるが慰謝料や親権についての話の最中に納得のいかなかった不倫相手の暴行により父親は頭部を強打しその場で死亡。

近所の方に助けを求めに行った御神楽凛太郎により警察と救急に通報し母親と不倫相手は任意同行。

不倫相手は結果として殺人罪で逮捕。有罪判決で現在服役中。母親はその後行方不明となっている。

その後、御神楽凛太郎は精神病に罹り、心因性の一時失明し更には一時不登校になる。

中学生に上がる頃には視力は回復しないが精神病は回復し登校もするようになった。その後は順調に進学し現在に至る。


「凛太郎が言ってた辛いことって言うのは父親の死、なのか?」

私はマカロンに手を伸ばして聞くと宵は両膝に置いていたパソコンをテーブルに置いて脚を組みながら考える。

「僕は感情っていうのを理解するのが苦手だからなぁ……多分だけど……うーん」

宵は感情に少し疎い、というか人間らしくないところがある。

「見るぅていう行為自体に恐怖したんだろ」

マヤが紅茶を飲み切った後に私達の方を紅い眼差しを向けて言う。陽を浴びるとまるで宝石のようだ。

「不倫現場を目撃して父親に言ってしまった。いずれバレるだろうがその子供は当時こう思っただろうよ

“自分が見なければ、言わなければ家族は壊れなかった。お父さんは死ななかった”

その子供って更に魔眼持ちで異なるものが視えるんだろう?

異常者扱いされていた過去があったら尚更視覚に何かを入れるという行為【見る/視る】を拒むはずだ」

マヤの私見を聞いて私は凛太郎が他人を思える優しい人間か少し知っていたからだろうか……胸の奥がキュッと締め付けられたような気がした。

それに私が魔眼を使って視たあの泣いている凛太郎は恐らく、事後の凛太郎だったのだろう。

「成程、その弱った心を利用して彼から魔眼を奪ったか……または凛太郎君自身が承諾したか……か。

どちらにせよ、奪われた副作用か自己防衛か当時の記憶を無くしてしまっている……真実は闇の中か」

そう言って宵は納得したのか立ち上がる。

「虚、君が接触した黒い女と言うのは恐らく魔眼収集をしている羽のない妖精だ。」

妖精っていうより魔女みたいな女だったがアレが妖精?

「妖精? 羽はなかったぞ。ああいうのって人型でも羽があるんだろ?」

私が疑問を持って聞くと宵は少し暗い顔をして立ち上がる。

「その妖精はある魔術師によって羽をもがれて酷い扱いを受けていた妖精なんだ……魔術師の大事な魔眼や使い魔を喰って魔力を蓄えているって噂だよ

虚、戦えるかい? 過去に殺そうとしてきた相手だ。君にとっては辛い戦いになるかも「関係ない」私は宵を見上げてはっきり言う。

宵と視線が合い、私はふぅ……と一息吐いて


「相手が誰だろうと、私は戦える」


宵にそう伝えると宵ははぁ〜……と大きくため息を吐いて「その勢いの良さは誰に似たんだが」と言いながらキッチンに向かった。


「虚、お前が過去と向き合う事になるかも知れないんだ、良いんだな」

マヤは宵が座っていた席に座って私に聞いてくる。

「嗚呼、構わない。私も私自身をもっとちゃんと知りたいと考え始めていたんだ。謎の女が見え始めた時からな」

私はまた桜色の紬を着た女を見て答える。

「名前、付けたらどうだ? 謎の女って呼称は面倒だろ」

確かにいつまでも謎の女なんて呼び方も不便か。もしかしたら名前をつけることで変化が訪れるかも知れない。

「じゃあ……サクラ」

そう呼ぶと、謎の女は目を見開くという驚いたと思われる反応を示した。




 御崎高校、保健室 午後3時

「陸上競技大会、終わった様なので僕は帰ります」

グラウンドの方から聞こえる司会の放送で僕は立ち上がり、学生鞄を持つ。

「打ち上げには参加しないの?」

保健室の先生はそう聞いてくれたが僕自身参加していないどころか見えてもいないので何も分からない状態で打ち上げに参加する気分にはなれなかった。

「通路が混む前に帰ります」

僕は笑顔を顔に貼り付けながら保健室を出て行った。こんな生活……もう耐えられない。

「……誰か助けて」


「まだ助けられたいの?」蓮の声が静寂な廊下で響く。

「蓮?」名前を呼んでも返事はなかった。でも蓮の澄んだ甘いシャンプーか何かの匂いがすぐそばでしていた。

「自分で望んだ事をどうして拒むの? 貴方が望んだから叶えてあげたと言うのにまるで」

心をがっしりと掴まれたような恐ろしい気分だった。突然、僕は何の抵抗も出来ず水に溺れるような感覚だけが襲ってきてその場で膝をついてしまう。


「凛太郎!? 大丈夫? 気になって保健室に急いできたら……」

僕は蓮に支えて貰いながら立ち上がる。

「蓮? さっきいなかった?」

「今来たばかりよ? 何か用事でもあった?」

彼女の言い分は嘘ではないと思う。制汗剤の匂いがする。きっと急いで着替えて駆けつけてくれたのだろう。

「ううん、ありがとう。助かった、蓮はこれから打ち上げでしょ? 僕は廊下が混む前に帰るから」

「あ、じゃあ校門前まで送るよ」

蓮は僕の手を握る。

「手……冷たい、大丈夫?」

蓮は中学生の頃、知り合ってから色々と優しくしてくれて本当に助かっている。

「大丈夫、ありがとう」

でも、僕はその優しさに何も返せるものがない。

2人で校門の方へ進むと蓮の足が止まった。

「どうしたの、蓮」

「あの女の人、凛太郎の事待ってるのかな」

「虚がいるの?」

「あの人は凛太郎の何?」

「蓮と同じ友達だよ、向こうは友達っていうものをよく分かってないみたいだけど」

「訳あり?」

「多分ね、じゃあ僕行くよ。送ってくれてありがとう」

「ま、まって……あの人にキツく言いすぎたの謝りたいの。話させて」

蓮の必死な声に僕は確かに朝の蓮は少しキツくて喧嘩腰だったから引き離したんだ……と思い出して頷く。

僕たちは靴を履き替えて正門に向かった。



 現在より数分前、私は凛太郎を伽藍堂に連れてくるように宵に言われて学校が終わる時間に御崎高校に訪れた。

が、流石に生徒でも関係者でもないので中に入る訳には行かないらしく大人しく外で待っていると凛太郎と朝のキツイ感じのした女がやってきた。

「よお、凛太郎……と朝の女か」

私が声をかけると凛太郎が軽く頭を下げる。朝の女がスッと一歩前へ出て

「朝は失礼な態度をとって申し訳ありませんでした虚さん、私は凛太郎の友人の赤音せきね蓮です。」

いきなり謝罪してきた。私は一瞬驚きはしたが正直、彼女がやった事に関して私は全く気にしていなかった。

「別に気にしちゃいないよ」

「ありがとう、それから」蓮は凛太郎の手を離していきなり私の右肩を掴んで耳元で囁くように訊かれた。

「凛太郎のこと好きですか」

「?」私はよく分からず黙っていると蓮はむっとして

「凛太郎と恋仲になりたいですか」

「全然、私は友達というやつだ」

私が答えると何か勘違いしていたのか蓮は赤くなって後退り

「勘違いして本当にすみませんでした!」

束ねられた綺麗な黒髪がバサッ!! と勢いよく振り落ちる勢いで頭を下げて謝られた。

「だから良いって、凛太郎この後時間あるか」

「はい」

「なら、付き合ってくれ。蓮、じゃあな」

蓮という子は、私みたいな鈍感な奴が見ても分かるほど凛太郎を想っている事がわかった。

私も……いや、私は今まで誰かを想ってた事が有っただろうか?

「良い友達を持ったな、凛太郎」私は凛太郎の手を取りバス停に行きながら伝えると凛太郎が無邪気に笑った。

「はい、蓮は僕の視力がこうなってから出来た唯一の友達なんです。試験や高校受験の時も何度も勉強を手伝ってくれたり修学旅行のお土産に旅行先の花の香水をくれたり本当に大事な友達です」

「じゃあ、眼球が戻ったら目を見てその大事な気持ちを伝えてやれよ。彼奴は良い奴だ」

私はそう言って凛太郎と一緒に伽藍堂行きのバスへ乗車した。

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