2章 空の少女③
神崎マヤは車のエンジンが温まるのを待つことなくドライブに切り替えて走り出した。
「……
ハンドルを片手で操作しながら加えていた煙草の灰をホルダーにセットした灰皿に捨てる。
町外れの中の森の中で静かに暮らす魔術師が魔術師の作り出したホムンクルス(仮称)を育てたいと言い出すなんて思わなかった。
「……ったく、世話の焼ける奴等だぜ」
そう言いつつも私は唇がニヤついているのが車のサイドミラーに写っていた。きっと楽しんでいる。
車を5分程走らせると、歩道にうっすら積もった雪には足跡がついていた。裸足の足跡、虚だ。
森の外に出た後、また別の森に入っていったのか。車を路肩に停車し、気づく。
「悪魔いるじゃねーか」
大した奴じゃない、雑魚だ。だが専用武装を使えば最悪……私の存在に悪魔にも祓魔師にも感づかれる恐れがある。出来れば私の存在はまだ気づかれたくない。まだその時では無いからだ。手持ちの一般魔術で祓えるレベルなら良いんだが……。正直に言おう、私は魔術がクソ下手だ!
半径500メートルくらいなら、虚も逃げられないだろう。
私は煙草を吸い、煙を吐く。
「これで隔絶出来たな」
ぶっちゃけ、魔術って言うのは得意じゃないんだよな。魔術を簡易化させた魔法も私とは相性が良くない。
「今日、宵に飯作ってもらお……って」
私は煙草を携帯灰皿に捨て虚を探しに行こうとした時、辺りにはいくつか既に血痕が雪に残っていた。
「この血、虚のだな」私は急いで血痕を辿っていく。
天気が良かったのが一転してどんよりと厚い雲が空を覆い、ポタポタと雪にはならなかった冷たい雨が降り始める。最悪だな、確か虚は雨が苦手だって言っていた。
私も寒いのは苦手なんだよな、早く温かいコーヒーを飲みたい。
進むに連れ、虚の血痕は大きくなり始め積雪には人間というより獣に近い足跡と虚と思われる足跡が乱雑に残っている。それに獣臭い……この森、普段は人が入らない場所なのか。
「虚!」
大声で名前を呼ぶとザッ! と後ろから足音が聞こえ振り返る。
「チッ、私が探してんのは虚……」
狼の死骸に取り憑いた悪魔の群が気がついたら後ろにいた。
獣なら……
「マジか」
私は目の前の光景に驚きを隠せなかった。ついこの前まで布団にくるまって他者を恐れていた少女が素手で悪魔化した狼、魔狼を一匹、倒した。悪魔が消えたからか狼の死骸はそのまま動力を失い倒れる。
悪魔を祓った!?
だが体力がほとんど無い虚に才能があっても体力がない上に体の動かし方も分かっていない。
虚に複数の魔狼が襲いかかる。
「虚、受け取れ!」
私はジャケットの内ポケットから小さいルビーの宝石を虚に目掛けて投げる。虚がルビーの宝石を掴むと虚の魔力に反応を示し瞬間、ルビーの宝石は虚を包む火属性の結界になった。
「そのまま気絶しないで動くなよ、虚」そう伝えると虚は涙を流しながら頷いた。
「ルーンじゃ無理だな」緊急事態だし、量が多すぎる。手持ちの簡易魔術じゃ火力が足りない。
私は下唇を噛みながら止むを得ず、祓魔師の専用武装・聖具を発動させる。
「我が真名**を持って命じる。目覚めろ、十三の鎌、型式四番……敵を屠れ」
私の言葉を受け取った形のない聖具は周囲にいる魔狼全ての首を瞬時に跳ね殺す。血の雨が降り、雪は獣の血で赤く染る。
「ついでに火葬しておくか、帰るぞ虚」
適当に落ちていた石ころを拾って油性マジックペンでルーンを書き込んで適当にばら撒く。
「……帰る場所、無い」
辺りにいる狼の死骸を対象にルーンが反応し燃やし始める。
「じゃあ何で戦ったんだ」私は座り込んだ虚に目線を合わせて両膝をつく。
「1人が怖かったんじゃないか」虚は1人という言葉に大粒の涙を零し出した。
「私なら、宵の役に立てる方法を教えてやれる。宵に拒絶されたら私が面倒見てやる、でもまずはその前に」
私は傷ついている虚の顔を平手打ちする。
パンッ! と乾いた音が冷たい空気の中で響く。
虚は何が起きたのか分からない顔で私を恐る恐る見た。
「私が見つけられなかったら死んでたんだぞ! まともに動けないのに何考えてんだ!」
私は虚を叱責して、震える小さな身体を抱きしめた。
「無事で良かったっ」
「ごめんなさい、マヤ……ごめんなさい……私、もう寒いのはやだ! 宵達と一緒がいい!!」
虚は泣きながら何度も謝罪をして気絶した。私は溜め息を吐きつつ虚を抱えて車に戻り伽藍堂に帰って事の顛末を宵に伝えた。
虚とマヤが戻る数分前
伽藍堂の森に張られた結界の出入り口で冷たい雨を浴びながら2人が戻って来るのを
僕は伽藍堂の方へ引き返し、歩く。
「……どうして、僕は虚に執着しているんだろう」
あの子が出ていってしまった時、僕の身体は縛られたみたいに固まってしまって動けなかった。
「どうせ身体機能のバグかな? 分からないこと考えても」
プップーッ!! と車のクラクションが真後ろで鳴り、驚く。
「なんで傘さしてねぇんだよ、風邪引くから助手席座れよ」
マヤに促されて、車の助手席に座る。
クシュッ! と後部座席から子供のくしゃみが聞こえてきた。
振り返るとマヤのジャケットを羽織ってうずくまりながら眠る虚の姿があった。
「虚」
心の底から安心した溜め息が漏れる。生きてる、無事で良かった。
「お前、虚の事が大好きなんだな。虚もお前が大好きみたいだぞ」
伽藍堂の前に停車させたマヤは ハハッと楽しそうに笑う。
「……好きって、僕が? 虚が え?」
「じゃなかったら探しに行こうなんて思わねーよ、んなことより、ほら手当とかしてやんねぇと」
マヤは眠っている虚を横抱きする。だらんと下がった裸足は赤くなっていて痛々しかった。
「ごめん、虚」虚の冷たくなった手を握って呟くように謝る。
「はよ、中入るぞ」
マヤに催促されて僕は伽藍堂の裏口に回り、鍵を開けた。
伽藍堂 リビング
虚の身体を拭いて手当もし、暖かい服装に着替えてベッドに眠らせる。
「で、本当に素手で悪魔を倒したの? 虚が?」
シャワーを浴びて黒い下着姿で歩き回るマヤに要望を受けた熱いコーヒーをマグカップに淹れて渡す。
「ああ、私が虚を見つけた時戦っていた。あの子には才能がある。どうだ、使い魔として育てるのは」
マヤの提案に僕は言葉を詰まらせる。正直、この子が一般社会に馴染めるかと言えばNOだろう。魔眼持ち、魔術師の創造物、そして著しく低い一般常識。
最初は僕も虚を使い魔にしようとしていたがこの子には……。
「虚の答え次第かな、僕は確かに虚を気に入っている……情が移ってしまったようだ。でも」
「手、出したらどうしよーとか悩んでんの?」
ソファーの上であぐらをかきながらコーヒーを飲むマヤにイラッとした。
「その格好で歩き回んないで、あとそんなことしないから」
虚用に何着か買ってきてもらった服の1枚をマヤに向けて投げる。
「ったくつまんね……てか服は仕方ねぇだろ、代わりの服なんて持ってきてなかったんだから」
マヤはマグカップをテーブルに置き。白いニットを着て立ち上がる。
「ああ、そうだ虚には提案した。宵の側にいたいなら私は戦い方を教えてやるってな」
いつの間にそんな提案を……
「だけど」
「……私は、強くなれるのか」
虚の声を聞いて僕はベッドに近づいて、湧き上がる感情を抑えながら
「やぁ、お目覚めかな」
虚にいつものように接する。
起き上がった虚は魔眼封じの眼鏡を外して僕を直接見た。
「ダメだよ!」
その行動に驚いて、急いで僕は自分の両眼を手で隠す。
「強くなりたい、私は弱い私のまま生きたくない」
声が、顔つきが、何よりも気配から弱々しさがなくなっていた。それに口調もとても落ち着いてついさっきまでとは別人だ。
するりと肩から垂れる虚の長い黒髪をマヤは優しく触れる。
「マヤ、私に戦い方を教えて」
マヤの方を恐る恐る見ると、ああ駄目だと諦めるしかないくらい楽しそうにニヤついていた。
「良いだろう、私の修行は血反吐吐くくらいにはキツイぞ。魔眼の使い方は宵に教えてもらうといい」
僕の意見もなく話が進んでいくな……でも、虚が初めて自分から何かしたいって言い出したんだしこの時間も有限で悪いものでもないから良いか……。
どうか、この子が素直に心の底から安心できる日が訪れますように。
時は現在に戻る。
「って感じの話なんだけど……何してんの虚」
虚は隣でソファーに置いてあるクッションに顔面をメリメリと押し付けていた。
改めて見る虚はあの時の女々しさは感じられないが肩に触れるか触れないかの黒髪が首に反って左右に分かれ女性らしい色気が出てきていた。
大人になっていく虚に僕は置いていかれているような寂しさに少し戸惑いつつ
「虚〜?」
僕が背中を軽くノックしても虚はこちらを向いてはくれなかった。
「宵」
「何?」
「指定した記憶を消すことって出来ないか」
……。
僕は予想外に虚が恥ずかしがってるということがわかり、何となく嬉しくなった。
「無理」
僕は虚がどんな心境なのかなんとなく察したけれど、察した上で断る。
「思い出したの?」
僕は既に冷めてしまった紅茶を飲む。
「思い出せはしないけど、宵は嘘を吐いたりしないのは分かってる、つまりは事実だ……宵の頭から記憶を消す事は出来るかもしれない」
いきなり虚は起き上がったと思ったら突然僕を押し倒してきた。
「ちょっと待って虚!? 流石にそれは」
何か今のこの状況の方が恥ずかしい気がするんだけど……虚の押さえつけてくる力が予想以上に強くて振り切れないし顔怖っ! 近っ!
目がもう獣みたいに殺す勢いの眼光を放っている気がする。
「え、ごめん……取り込み中だった?」最悪のタイミングでマヤがリビングの扉を開けた。
「終わったら教えてくれ」
「いや!違う! 待って助けて!」
マヤが扉を閉めようとするのを僕は必死に呼び掛けて止める。
事情を説明するとマヤはちぇー……と呟く。
「なんだよ、てっきりそういう関係になって、そういう事をするのかと勘違いしちまったじゃんか」
マヤは笑いながら冗談を言うが僕にはそれが冗談なのかいまいち分からなかった。
とりあえず、虚は僕の記憶破壊を諦めて僕からもマヤからも距離を置いてベランダの大窓から暗くなった外を眺めている。
「で、何しにきたの」
僕は紅茶を入れ直して1人用ソファーに座るマヤに差し出す。
「ああ、晩飯食いにきたのと……虚の様子を見にきたんだけど何かあったのか」
「ここは食事処じゃないよ、で……虚になんかあったの」
僕が聞くと虚は立ち上がって元の位置に戻り、僕も虚の隣に座る。
「いや、大した事じゃねぇーんだ。前回の依頼の件で虚の悩みを聞いたんだけど解決したかどうか確認したかったんだ」
悩み? 僕には特に相談する素振りなんてなかったけど何か悩んでいたのか?
いやもしかしたら女性の方が頼りやすかったのかもしれない。今回の件の前に何か悩んでいたのか。知らなかったな。
え、僕ってマヤ以下? いや今回相談してくれていたし
「ああ、すっかり忘れてた」
虚はすっかり忘れていたと手を叩いて頷いてマヤの方を向いて
「私はキスをするのに意味を見出すのをやめた、わからないもんはわからん」
虚はさらりと凄い事を言い始める。あ、もしかして僕がしてしまった事を気にしていた? 何か申し訳なくなるな……虚にそういう女の子らしい考えがあったなんて。
「せっかく私がしてやったのに無駄骨か」
やれやれとマヤはつまらなそうに言う。
え、急に何の話?
「マヤのは身体が言うこと聞かなくなるからやだ」
何言ってるの!? この子は!?
「虚、マヤに何されたの!?」
声を震わせながら聞くと虚はケロッとした顔で
「マヤとキスしたら舌入れられた」
とんでもないことを言われて僕は平静を保ってはいられなかった。
「はぁ!?」
2人は目を見開いて僕を見るが僕は自分を抑えられずマヤの胸ぐらを掴み上げる。
「マヤ、僕の大事な身内に何してくれやがってるんですか」
このまま窓から捨てても死にはしないだろう。嫁入前の女の子に何してんだコイツも。
「合意の下だって、むしろ許可も得ずお前がやったのが」
マヤが慌てて言い訳しているとガシャンッ! と食器が割れる音がした。
僕が慌てて振り返ると虚が今まで見たことのない顔で何かを見ている。視線は僕やマヤの方を向いていない。
「虚?」
マヤが疑問に持ち、虚に呼びかけるが虚は魔眼封じの眼鏡を外して瞼を擦ったりしてまた同じ場所を見る。それでも虚の表情は戸惑いと驚きが混じっていた。
「虚、どうかした?」
僕がマヤを離して虚に近づくと虚は壁の方を指差して
「お前、誰だ」
虚は何もない壁に向かって、睨みながら問うた。
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