2章 空の少女②

 少女を拾ってから約半年が経とうとしていた。

赤く色づいた紅葉は散り、日差しが出る時間も短くなっていつ雪が降ってもおかしくない気温まで下がっていく。

でも僕の日常の中に入り込んできた少女はまだ目を覚まさない。

 伽藍堂 1階

今日は訪れたお客さんの対応で午後は1階で過ごしていた。

幽霊にとり憑かれているから助けて欲しいという願いを持った小学生くらいの女の子がやってきた。何故とり憑かれているのかと尋ねると

学校で流行っているおまじないをしてしまった。

と、言っていた。

そのおまじないは好きな相手に自分の血と髪を1本入れたお守りを渡すというものらしく、女の子はそのおまじないを行った日から家や学校、自分の周りで異変が起き始めたと言う。

正直な話、まじないは成功率が低い。その上、知識もなく才能もない子がやれば別の何かを引き寄せてしまう可能性がある。

「良いかい、このお守りを鞄に紐が完全に千切れるまで付けておくんだ。無くしてしまっても構わない。それと相手に渡したお守りは回収して可能なら埋めること、無理だったらまたここにおいで」

僕は女の子が抱えていたランドセルにお守りを付けて伝えると頷く。

「じゃあ、暗くなる前に気をつけて帰るんだよ」

女の子は安心したのか笑って帰っていった。

まさか、小学生くらいの女の子が訪れてくるとは思わなかったなぁ。

聞き慣れた車のエンジン音が聞こえたので僕はカウンターの中に置いていた人形を入れた箱を持ち上げる。

「おいおい、落としたら危ないだろ」

マヤは僕がよたよたしているのを見て慌てて代わりに持ち上げる。

「ありがとう」

「さっき小学生が走っていくの見たけど、依頼人か?」

「うん、もう解決すると思うよ。報酬も貰ったしね」

僕はそう言いながらポケットから1枚の紅い羽を取り出す。

「おい、それは紅羽こううの……」

マヤは驚いて、まじまじと見つめる。

「うん、あの子は伝令として伽藍堂に来させたんだろうね。久々に連絡が来たんじゃないかな。元気みたい、羽の中に魔力もあるしこれが報酬かな。元気そうで何よりだよ」紅い羽をくるくる回しながらマヤに伝える。

「彼奴はうさんくさいし周りくどいから嫌なんだよな」

マヤはうへーと変顔をしながらぼやく。

「本業が祓魔師の人に胡散臭いとかあるの? 魔術師と似た領域の祓魔師のくせにしかも」

僕が喋っている途中、ガタンッ!! と激しい物音が2階からしてきた。

僕とマヤは慌てて2階のリビングに行く。


 扉を開けて中に入ると、死んだように眠っていた少女は目を覚ましていた。

僕とマヤは驚いてその場で固まってしまう。

少女はベッドから自分で落ちたようだ。そのまま身体を引き摺りながら両腕で這って窓の方へ進んでいく。

「危ないよ!」

僕は我に返って急いで体を上手く動かせていない少女の元へ駆け寄る。すると少女は僕を見て、なのか分からなけど振り向いて恐怖の眼差しを向けてきた。視線を合わせようとはしない。人が怖いのかな。

「ごめんなさい」掠れていて小さな声が謝罪を発した。

「何も謝ら「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

僕が落ち着かせようと近づくと少女はガタガタ震えながら一生懸命謝罪し続けた。

「こりゃかなり訳ありみたいだぞ」

「でも目覚めてよかった」

マヤが頭を掻きながら此方に来てそう言うと少女は更に怯えてその場で失禁してしまう。

「「あ」」

マヤと僕はリビングの床に広がっていくソレを見て声を漏らしながら慌てて各々動き始める。マヤはリビングの掃除しておくから少女を洗ってこいと無理矢理押し付けられ脱衣所に来た。

いや、なんで僕なの!? マヤ、女じゃん……!

僕が作った人形身体だから色々知り尽くしてしまっているけど! 今は少女が入ってるんだよ! これ犯罪にならない? 痴漢とか公然猥褻罪で殺されたりしないよね……そもそも僕がこの子に拒絶された時点でダメなんじゃ……

僕がごちゃごちゃ悩んでいると不安そうな顔で少女が見てきた。

「身体汚れちゃったから綺麗にしようね。服、脱げる?」

僕が聞くと少女は着ていたワンピースの脱ぎ方が分からないのか慌て出す。

「ああ、ごめん。僕が脱がすから落ち着いて、少し屈んでくれるかな」

僕の内心は落ち着かないけど……服脱がすって何だよ。

少女の身体は僕の身長より15cmくらい高い。背伸びしても少し届かない。少女は怯えてはいるもののマヤの前にいた時よりは言葉は通じているし言うこともちゃんと聞いてくれた。

ただ、中々シャワーを浴びせるのは出来なかった。雨の日の事を思い出すのか逃げ出そうとするので蛇口から風呂桶にお湯を入れて洗って流してを繰り返す。

お風呂に関しても着替えに関しても無知で生活するという知識はないようだ。食事すら1人では出来ない。マヤいわく大人が怖いのかもしれないと言っていた。

実際、マヤが帰ってからは失禁やパニック発作のようなもの等は起きなかった。

ただ意思疎通だったり、トイレや食事、最低限の事は教えたらなんとか出来る事はわかったが夜になり少女はリビングにあるマヤが仮眠で使っている簡易ベッドで、僕は自室に戻って寝ようとし、瞼を閉じた頃だった。リビングから声が聞こえてきた。僕は眠たい目を擦りながら少女のいるリビングへ向かった。


「……夜泣きもあるの」


その場で首をガクッと垂らしながらベッドに座り少女を抱きしめて、ゆっくり背中を摩った。

僕は……僕は正直、甘く考えすぎていた。彼女は今、中身が空っぽの赤子同然の状態になっている。


 〜数日後〜

伽藍堂 2階 リビング

「……宵、一応聞いてやる。大丈夫か」

マヤが訪れると、少女はベッドの布団を部屋の隅に持っていき包まって隠れていた。

「大丈夫に見えるならその眼球取り替えなよ。寿命だよ。」

僕はブラックコーヒーをもう何杯目を淹れたのか忘れたがマグカップに追加して飲む。

「乾電池みたいに言うな、こりゃ重症だな」はぁ……とため息ついてマヤが少女の方へ声をかけた。

「おい、そこのガキンチョ」もう少し何か呼び方あるでしょう……。

「あ……名前聞いてなかった」僕が呟くとマヤがガクッと首を落として

「人間、コミュニケーション言うたら先ずは自己紹介やろが!」

マヤはスパンッと僕にチョップをかまして怒る。

「私は神崎マヤ、お前に優しくしてるのは宵、ガキンチョ、お前の名前は」

マヤは距離を保ったまま少女に名前を尋ねた。少女はもぞっと顔だけ出して不安そうな顔でマヤを見る。

「……知らない、私、暗いとこの中にいた、走って逃げた、いっぱい痛いことされた」

言葉を、交わした。多分、少女の過ごしてきた時間。残っている記憶だろう。

「宵、名前つけてやれよ」

マヤの突然の振りに僕は驚く。

「僕!?」

「お前以外に誰がいんだよ」

マヤの言葉に否定出来ず、僕は少女の方に視線を向ける。僕の眼と少女の眼が合った。その瞬間、少女は両眼を覆って泣き叫んだ。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」

僕は慌てて立ち上がり、棚にある目薬と眼鏡を取り出す。

「痛い! 痛い! 痛い! ごめんなさいごめんなさいぃぃぃぃぃ」

マヤが急いで少女を抱きしめて背中を撫でて声をかけ続ける。

「大丈夫、大丈夫、ゆっくり息を吸うんだ。ここにはお前に痛いことをする奴はいない、大丈夫だ」

少女はマヤにがっしりしがみついて泣き続ける。

「昨日まで何ともなかったのに、まさか魔眼所有者だったなんて」

僕は驚きながらマヤに痛み止めの目薬と魔眼の能力を封じる眼鏡を渡す。

僕の自動防御の反撃を受ける程の魔眼……相手の動きを数秒止めるとかそういったレベルのモノじゃない。多分だけど他者の何かに干渉するか触れる希少な魔眼の持ち主

だ。多分、自分じゃ制御出来ていない。今初めて使った、いや目醒めてしまったの方が合っているか。

「ほら、もう痛くないぞ」

マヤは少女の処置を済まして、両手を顔に添えて俯く少女の顔を上げる。

濡れた紫色の眼が僕を恐る恐る視る。

「……痛くない」

僕は申し訳なくなり、テーブルに置いていたマグカップを持ってキッチンの方へ行き少女と距離を取る。コーヒーに写る自分を見て独りでいなければいけないことを再認識した。僕は独りで生活するべきなんだろう。

魔眼持ちとなると僕の元にいるより、あの子は人間として普通に生きれるようにマヤなんとかして貰おうか……。

トントンと肩を叩かれる。

「何、マヤ……え」

マヤだと思って見上げると僕の肩を叩いて隣に立っていたのは少女だった。

「よる」

初めて、名前を呼ばれて喉の奥から何かが込み上げてくる感覚に戸惑う。

「僕は、痛い事をしたよ」そう言うと少女が首を横に激しく振る。

「ちがう、マヤ言った、痛くなったの誰も悪くない」対話が前よりも出来ている。

「宵、悪くない」空っぽの少女に少しずつ、新しいものが入っていく。

「……から……がらんどう、虚」僕は少女の顔を見ながら呟く。

「虚?」少女は首を傾げる。

「そう、君の名前、虚ってどうかな。これからいっぱい色んな事を知ってからを埋めるんだ」

「から? うめ? う?」

流石に分からないか。僕はもっとわかりやすい名前の方が良いのかと悩む。

「いいんじゃねーの、虚」

マヤは虚の両肩を掴んで優しく微笑む。虚は嬉しそうに何度も名前を呟いていた。

虚は今まで何も貰えなかったんだろう、マヤはその後も時折顔を見せにきてはお菓子等の差し入れを僕と虚にしてくれていた。そんなある日のことだった。


 リビングにて

「外?」虚はワイシャツを畳みながら聞き返していた。

虚は精神が安定してからは物覚えも早く、すぐ家事の手伝い等してくれるようになり今は乾いて下ろした洗濯物を畳んでいてくれていた。

その時、マヤが提案した。

「今年は珍しく雪景色が見えるからな。いつまでも家の中にいるより少しずつ外に出る訓練したらどうだ? 最初は伽藍堂の周りを宵と歩く、慣れたら私と街に行くって感じかな」

僕はキッチンで人数分の紅茶を淹れてテーブルに運ぶ。

洗濯物を畳み終えた虚は新しく用意した虚の自室に服をしまいに行った。

「どうしたの、最初は虚に対して距離を置いていたのに」

僕はマヤに紅茶を差し出しながら聞く。紅茶を受け取り一口飲んだ後にマヤは珍しく優しく微笑んで窓の外を見ながら

「いや、大昔に私みたいなバケモノに懐いたガキがいてな、虚が似てたから懐かしくて……つい甘やかしちまう」

やっぱり色々考えてもマヤの方が……良いのかな。僕は最初は虚を道具のように扱おうとしていた。それは虚を作り出した魔術師と同じだ。同じ穴の狢、なのかな。魔術師は所詮、魔術師……常識人にはなれない。ましてや僕は人間じゃない。

「ねぇマヤ、虚の事さマヤが引き取ってくれないかな。僕には」

パタンッと扉がしまった音がして僕の心臓が跳ね上がった。

「……お前はほんと人付き合い下手だよ」

マヤは呆れたような困ったような顔で僕に言う。

「まさか」

虚に聞かれた?

「丸聞こえだったろうな、そしてアイツはこう思っちまっただろうさ。"自分はここにいてはいけない"」

マヤは煙草を咥え、火はつけずにリビングの扉を開ける。

「私は煙草を吸いに外に行く、お前はどうするんだ」

マヤは車の鍵を持っていくのが見えた。

僕が街に行けないから代わりに探してくれるんだろう。

「……即席の使い魔を放つ、何かあれば連絡入れるよ。ごめん」

僕はリビングの窓を開けて、外に魔力を蝶の形に変えて数匹放つ。

「謝る相手がちげぇよ、バカ」

マヤは怒りながら伽藍堂を出て行き、虚を探しに行ってくれた。

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