2章 空の少女①

 梅雨が少し激しくなり始めた6月下旬、伽藍堂の中である変化が起きていた。

僕こと薬袋 宵みない よるは約3年前に1人の女の子を同居人として迎えていた。

名前は虚、10代中ばの少し表情は乏しいが決して悪い子ではなく僕が経営している人形雑貨店・伽藍堂でもよく働いてくれている、のだけど……


「から……つくられた側」


伽藍堂は2階建て、真っ黒で四角い造りの家のその1階を人形の展示販売や雑貨販売のスペースにしており虚はこの時間その1階の掃除をしている、のだけど


ここ2週間程、様子がおかしい。

今のように から つくられた側 等と呟いては僕の作った人形を見つめている。更には以前は嫌って使う事を拒否していた魔眼の発動を防ぐ眼鏡までかけて生活している。推測ではあるが2つ可能性がある。


1つは、僕が無意識に虚にキスをしてしまい放心している。一応年頃の女の子だし初めてだろうし……いやでも正直、無意識で何でしてしまったのか僕自身が分からない。……いやいや、これはないか。

僕は首を横に振ってから、ははっとから笑いする。あの子は多分された事自体気づいても気にするような事はないだろう。まだ性という認識すら曖昧、いや不必要だと思っていそうだ。

虚は興味ないことは本当に関心を抱かない。


だとすると、2つ目の可能性

マヤの依頼で倒した討伐対象に何か言われたかされたか……。

正直、あの依頼は余り良い気分のものではなかった。親の欲望の副産物として作られ、親の都合で殺された子たちの討伐。

復讐する理由が理解できなかったわけではない。だが、あの子たちは理由ある殺人から悦楽を求める殺人に走ってしまった。親と同じく欲望に溺れてしまった。

人間だから仕方ない事なのだろう、僕は時を数えるのが面倒になるほど生きて見ていたが人間は、いや、生物は欲に縛られた生き物だ。これをきっと業と呼ぶんだろう。


「つくられた」


また呟いている。

虚のあの状態じゃ、次に誰かからどっちの依頼が来ても使い物にはならない。

僕はレジカウンターの椅子から降りて、正面の扉を開けて扉にかけていたopenの札をcloseに変えて扉に鍵を掛ける。

「虚」

僕が名前を呼ぶと虚は僕を無言で見る。紫色の瞳を持つ彼女はただじっと僕を見つめていてそれ以上の行動は起こさない。

「今日は、休業日にして2階でお茶しよう」

虚は黙って僕の後ろをついてきてレジカウンターの後ろにある扉を開けて2階へ階段を使って上がった。


 2階 住居スペース リビング


「コーヒーと紅茶、どっちが良い?」

僕がキッチンの戸棚を開けて虚に聞く。

「……どっちでも」

虚の返答はいつも通りだったが声は消えそうな細さを感じた。

僕は茶葉缶を取り出していつもより濃いめに紅茶を淹れて虚の座るソファーの前にあるテーブルに置く。

虚は窓の外の天気を見つめていた。薄暗くどんよりとした重たい雨空。

「で、何を悩んでいるの」

僕は虚の隣に座って聞く。虚は小さく「え」と声を漏らしていたがあんな状態なのに気づかない方が問題があるだろうと心の中でツッコミを抑える。

「僕に話したくないなら僕以外の人を頼るのも……」

マヤに相談するように誘導も試みたが虚の目が嫌だと言っているのがわかって途中で言葉を紡ぐのを止める。

「私は親に殺された復讐者たちと“同じつくられた側”って言われたんだ。そのつくられた側は虚なのか、それとも前の私なのかとか……ごめん、何に悩んでいるのかでさえ……分からない」

虚は俯きながら搾り出すように自分の悩みを吐露し始めた。僕は何も言わずただ虚を見てちゃんと聞き取る。

「私は、なんなんだろうって」

2週間、悩み続けていたのか。自分のなくなった過去や存在について

僕には、遠い昔過ぎて自分が何だったかなんて覚えていない。僕はもう前に進みたいと思わなくなった。だけどきっとこの子にとっては前に進むために必要なモノなんだろう。

「虚の過去、か。僕が分かるのは君が伽藍堂ここに来てから虚になるまでの間の事だけだ……君は余り覚えていないと言っていたよね」

「殆ど覚えていない」素っ気ない返答だった。

「僕の推測、いや憶測混じりでいいなら君の悩みの解決の役に立つか分からないけど過去話を聞く?」

そっと取ったティーカップの中を覗いて虚は沈黙する。僕は瞼を閉じて屋根に落ちて弾けていく雨音に耳を傾ける。


ああ、あの日も雨だったな。正直どうしたらいいか悩んだものだ。年頃の女の子の扱いって難しいのかな。


「聞く」虚の声が雨音を潰した。


「え?」


「だから聞きたいって言ったんだよ」虚の耳が黒髪で隠れていたが隙間から赤くなっているのが見えていた。

マヤに頼み事をした時は何ともなさそうだったって聞いてたのに、調子悪いのかな。

僕は虚の首筋に手を伸ばして触れる。

「何」虚は少し引き攣った顔で聞いてきた。

「いや、熱でもあるのかなって。気のせいだったから話を始めるよ。あれは3年前の五月雨が激しかった日の夜だった」


 3年前、五月雨が激しい夜


「ったく、面倒事押し付けやがって」


伽藍堂地下1階にある魔術工房でマヤは文句を言いながら遠方の人形展示会に作家代理人から運搬、今もこうして片付けまでしてくれている。

「友達って大事にすべきだねぇ」

もう定番と化した文句に僕は感謝しつつ箱から紫陽花をイメージした等身大黒髪の少女人形を取り出して近くの椅子に座らせる。今回はいつもと違ってシンプルな黒いワンピースを着せたが紫の瞳によく合っている。人形の絹のようになめらかで背中まで伸びた髪に優しく触れる。

自分の作った人形に満足して自然と唇の口角が上がった。

「お前が面倒臭い呪いにかかってなきゃ絶対手伝わねぇよ」

僕の呪い、それはだいぶ前にある魔術師にかけられた【伽藍堂の森から出られない呪い】。

僕的には特に困っていないから面倒な解呪をしようとすら思わなかった。もうああいう人間は見飽きたし、魔術師たちとも必要以上に関わりたくない。

僕みたいな中途半端な存在を嫌う者は大勢いるだろうし。こうやって複数条件付きの結界を張った中で生きている方が気楽だ。

マヤには小言を度々漏らされるけどね。

「その代わり報酬も払ってあげてるし今の仕事だって手伝ってあげてるじゃないか」

僕がニコッと笑顔を作って伝えるとマヤは反論出来ないからかチッ! と舌打ちしながらミント系のガムをガサガサと包み紙から取り出して口に放り込んでいた。

「え」……なんだ、この感覚。

僕は片付けていた手を止めて、瞼を閉じる。

今、結界の中に何かが変な入り方をしてきた。

いつもなら入ってきたら通知のようなものが僕の脳に来るのに、今は違う。

結界の外と内を一時的に溶かして中に何かが入ったような感覚。

誰だ、結界の中に何がいるのか探る。

形的には人っぽいが……倒れている?

「宵? なんか、今森の中から……」

マヤは他人が結界を張っていても解るのか、天才はやっぱり違うんだなぁ。

「ちょっと見てくるよ、マヤは片付けお願い。あと! ここは禁煙だから僕がいない隙に吸おうとしないでよ」

マヤにびしっと人差し指を向けて注意し僕は地下1階の工房から階段を上がり裏口から様子を見に行く。

傘を持たずに出たことを後悔する。伽藍堂の裏口から出て、目的地に向かおうと屋根から出た途端雨粒たちが殴ってくる。

「思ったより酷い雨だなぁ〜」

僕は後で着替えたら良いやと自分に言い聞かせて森の方へ向かう。

泥水の溜まり場があちこちにある。ぬかるんでいて歩きづらいなぁ。

気をつけながら進んでいくと雨でかき消されていて薄くなっているんだろうが血臭が漂っていた。


「雨の中でこの臭いって」


僕は血臭が強い方へ歩を進める。

進んでいくと結界の内側ギリギリの位置に少女らしき物体が倒れていた。

血や雨泥に塗れていて着ている大きな白衣だったものの下には脚らしきものがあるが自力で歩行する事は困難だろう。傷が酷過ぎる。

もうでは助かることはないだろう。


「……どうしたい? 生きたい?」


正直、答えが返ってくるなんて思っていない。この子はこのまま何も出来ず……死ぬだろう。

せめて、看取ることぐらいならしてあげられるだろう。

卑屈な僕の思考をこの子は遮った。僕の声が聞こえていたのか必死に弱りきった死にかけの身体を使って僕に小さな手を伸ばした。


「良いよ、生きられるようにしよう」

ただし、その身体はもう使わせることはない。この身体はこの子にとって枷であり首輪だ。

僕はそういった類のものはあまり好きじゃない。この子を作った理由に検討が付くがそれが許せない。

ただ、結局は憶測に過ぎないから思考しても意味ないか。

僕は少女を持ち上げて抱き抱える。

「マヤを連れてくるべきだった……いや見ただけで怒りそうだ」

急いで伽藍堂へ少女を横抱きしながら走る。

少女の両脚は地面を引きずってしまっているが仕方ない。僕の身体は成長しない。

「痛覚はもう死んでるだろうけど我慢してね」

この子は恐らく純粋な人間じゃない。誰かが魔術で細工を加えた存在だ。



 伽藍堂 地下1階 工房


「なんだよそれ」

マヤは僕が抱えている少女を見て片手で鼻から口の部分を覆った。

マヤは血の臭いが他の人間よりも敏感で、反応しやすい。

「伽藍堂の結界の一部を一時的に溶かして入ってきたみたいなんだ。生存を望んでいるから魂を人形に移す」

少女を近くにある簡易ベッド台に置き、隣にあるもう1台の簡易ベッドにさっき展示から戻ってきた人形を寝かせる。

「おい、そいつはどっかの魔術師が作り出したもんだろ……大丈夫なのか」

マヤは僕の汚れた手を掴んでそう言い、首を横に振った。

「生きたがってる子を放置できない」僕の決断に諦めてくれたのかマヤは手を離して

「手伝う」僕に助力すると申し出てくれた。

動力源は魔力、なら流れを止めてしまえばいい。

少女の身体を完全に動力を落としてからコア、人間で言う心臓を取り出してひと工夫施してから僕の作った人形にコアを埋め込んだ。そして僕の魔力を人形に流してコアを起動させる。

入れ替えた人形の胸に耳を当てると小さく鼓動が生きようと鳴り出した。手首に触れると脈も熱も感じ取れる。

大丈夫、生きている。成功だ。

僕は一安心して床に座り込む。マヤはやれやれと呆れた顔で僕の頭を雑に撫でて

「この身体、どうするんだ? 破棄するのか?」

マヤはコアを移し替えて空っぽになった身体を見る。

「この身体を使ってあの子を作った魔術師を探ろうと思う、ただ最優先は」

僕は立ち上がり

「僕はシャワー浴びるから、マヤはこの子を2階のリビングに運んでくれる? マヤが寝泊まりに使ってるベッドに寝かせて」

「おい、私は何処で寝るんだよ」

「……さぁ?」

僕はそのまま先に2階に行きシャワーを浴びる。

少女は人間によく似ていた、部分的には人間だった。もしかして人間の何かを用いて作ったのかな。

「久々に慌てたから全然見る余裕なかったんだよなぁ」

シャワーの蛇口を閉じて両腕を組む。

「あの子、この後どうしよ」

着替えてリビングに戻ると、少女はベッドで静かに眠っていた。

マヤは遂には僕の家に勝手に備蓄しているボトルガムをガラガラッと口に大量に入れて噛んでいた。

「ニコチン切れなら外行ってよ」

マヤは僕の言葉を無視して話し出した。

「ダメ元で行方不明者や捜索届けとか調べてみたけどダメだった、この子……人間として扱われてないんだろうな。まぁ魔術師が作り出した時点で察しは付いたけどさ」

眠る少女の顔にそっと触れる。冷たくない、ちゃんと体温のある……生きている。

「……僕が、育てたらダメかな」

自然と声に出てしまっていた。そんな考えは全然浮かんではいなかったけれど言葉に出してみれば意外としっくり来た。

ちょうど使い魔を欲しかったところだし、この子の意識が戻ったら提案してみよう。

僕の中で考えが固まった途端マヤは口を開き

「は!? 馬鹿じゃねぇの!?」

罵倒した。

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