1章 命②
「私も現場に行く。場所は? ああ、分かった。聴取? ああ、今終わって家まで送り届けてからそっちに行くよ」
マヤは立ち上がり通話を切る。
「悪いな、私は警察として動く。虚は私からの依頼を解決してくれ、依頼内容は殺人鬼の始末だ」
マヤは桜のチャームがついたキーケースを取り、私とマヤのコーヒーマグをシンクの方に運んだ。
「その資料は貸しておく、コピーだから役に立つか分からんが宵にも見せたら何かわかるかもな」
私は鞄を肩にかけながら立ち上がっての黒いA4のリングファイルを持ち
「マヤが依頼した相手は宵だから見せるさ。私は宵の使い魔だ 」
宵は伽藍堂から出ることが出来ない。だから、私が宵の足となって武器となる。
私は宵のモノだ。
マンションの地下駐車場には直通のエレベーターに乗り、マヤの車に乗り込む。
「マヤ、この件近いうちに片付けられそうだ
気になっている部分を全部宵に話せば多分繋がる、そんな予感がする」
私が車の中でシートベルトを着けながら言うとマヤは少し目を見開いて
「虚は、案外早く宵を信頼出来るようになったんだな。その調子で私の事も頼っておくれよ」
マヤは嬉しそうに車を出した。
信頼……確かに最初は誰のことも信頼出来なかったな。こうやって誰かの隣にも座れなかった。
昔の私はずっと、壁の隅に怯えて座り込んでいた。
マヤが車を出して10分弱で伽藍堂のある森の近くのバス停付近に着き、路駐する。雨は既に止み、外はうっすら赤みを帯びた夕陽がではじめていた。
私がマヤの車から降りるとマヤは助手席の窓を開けて声をかけてきた。
「じゃあ、依頼の結果報告貰ったら送金するって宵に伝えといてくれ。
あとさっきの飛び降りの件何か分かったら連絡入れる。じゃ頼んだ、虚」
私が失敗すると思っていないのか。いや、宵に対して強い信頼があるんだろう。
「わかった」
私が頷くとマヤはUターンして住宅街の方へ帰って行った。車が小さくなっていくのを見ていると視界がぐにゃりと一瞬、歪んだ。
魔眼を使いすぎたからか、視界が歪み始めてきた。まだ……完璧に使えるわけじゃない。
だから嫌いなんだよ、この眼は。
見える、は一般的な意味合いだがこの眼は視えてしまう。深く広く……普通の目で見えないものを見る時に[視える]という表現を使うらしい。
いや、先ずは早めに戻ろう。
専用の目薬を使えば少しは良くなるはずだ。
私は歪んだ視界に過去の断片が降り混ざってしまったのか徐々に吐き気を催してきた。
゛逃げなさいっ!!! ***!!!゛
ノイズが流れて肝心な部分が聞こえない……
これは、私の過去の記憶だ。
私が虚になる前の、誰かが私を必死に逃がした。暗くて周りがよく見えない。ただすごく冷たい場所だ。
持っている傘を杖代わりに伽藍堂の扉の前まで着く。
゛いきなさい!!! ***!!!゛
「……誰なんだっ! お前はっ……」
カシャンッ!
傘が地面に落ちる。私は両手で頭を覆うように抑えて強く瞼を瞑った。
若い女の声に殆どノイズが混じっていてうまく聞こえない。
それに***ってなんだ!?
「眠れ」脳の奥が揺れる感じがした。
ああ、この声はあの時と同じ……宵の声だ。
次、目を覚まして写ったのは見慣れた天井。
落ち着く匂いが充満した部屋。伽藍堂の2階、住居スペースのリビングだった。
カウンター付きキッチンには私と宵が使う黒いカウンターチェア、壁に沿うように書類棚が並んでおり、中心となる今私がいる場所にはダークブラウンの3人がけ用のソファーと高さと色を合わせたテーブルがある。
私は横になっていたソファーから起き上がり周囲を見渡す。
宵の声が聞こえた気がしただけ?
体の違和感を感じてぺたぺたと自分の体を触ると着ていた服が違った。
マヤに借りた服から黒い半袖のゴシック調のワンピースに変わっている。
「……変わってる、ひらひらしたものも久々だ」
立ち上がって服の隙間から自分の胸元を覗くと着けていた下着も変わっていた。
こんな貧相な体つきでもブラジャーはつけないといけないんだな。
髪の毛もマヤのシャンプーの匂いではなくいつもの自分のシャンプーの匂いだ。
「ああ、起きたかい? 眠らせたから目薬をさすにもさせなくてね
体は雨や泥で汚れてしまったから代わりに洗っといたよ」
何事も無かったかのように宵は私がマヤから預かった資料を持ちながらリビングに入ってきて
「紅茶、いるかい?」
何事もないように話を進めた。私に気を使って、いや多分こいつはコレがデフォルトだ。
「……先に目薬、くれ」
私は色んな意味で宵の顔を見たくなくて俯いたまま頼む。魔眼が暴発して宵を見るのが恐ろしい。
宵には魔眼が効かない、いや魔眼使用者に簡易式な呪いにして跳ね返す自動防御がついている。
私の魔眼が、暴発した際は故意じゃないから身体が焼けるような痛みだけで済んだ。
「上向いてー、さすよー」
ぐいっと顎を上に持ち上げられ、瞼をそっと開ける。
天井が私を見ているみたいだ、なんて考えているとポタポタと両目に問答無用に目薬の粒が入ってきた。
これがまた、魔眼が上手く制御が効かない日は染みる。目の中にミントの汁をぶち込まれているみたいだ。
「まだ染みる?」
顔を元の角度に戻してもまだ瞼を瞑っていた私に宵は聞いてくる。
「少しすれば治まる」
不思議な感触が自分の唇にあるのを感じて瞼を開く。ほんのり残ってる温かく柔らかい何かと、宵の匂いが空気の中に濃く残っていた。
「何」
私が聞くと宵は少し、何かを考えるような仕草をしたあと
「分からない」と、答えた。
「はぁ?」
私は素っ頓狂な声が漏れる。あの宵が、分からない と本気で言っていた。
「何したんだ」私が聞くと宵は
「何でもない。仕事の話をしよう、ちょっと残ってた作業あるから待ってて」
宵はそさくさとリビングを出ていった。
「なんだアイツ」
私は立ち上がって宵が置いていった資料を再確認する。
1ヶ月以内に5人の女子高校生が殺害されている。
「1ヶ月に5人って改めて考えると凄いな、手慣れてるのか……もう制御が効かない怪物か……えっと」
全員に繋がりはなし。
マヤの話ではパパ活をしていたと推測。犯人には食人癖がある可能性あり。
犯人には子宮に対して異常な執着がある。
犯人は必ず殺害後、損壊し陰部に何かの骨で作った十字架をねじ込んでいる。
「カルト宗教か何かの類か?」
例えば、この女子高校生達を贄にして何かを召喚しようとしている?
いや、だが1件目の事件から既に……人間の領域を超えているんだよな。
これって人間にもできる芸当ではあるんだろうが……。
医療関係者、例えば外科医ならどうだ?
外科医の身体に悪魔が憑いている、混ざって人間か悪魔か判らない状態なら?
もしかしたらまだ見つかっていない練習台になった死体があるかもしれない? いや、マヤが気づくか。
人間の痕跡がなかったからこっちに話が回ってきたんだよなぁ。人間に憑いている悪魔が行動していても人間の痕跡は残る。
私は正直、頭の良い方ではないから、資料を読んでもよくて理解が出来ても説明は出来ないレベルだ。
「んー……殺し方は普通だな」
死因は咽喉部殺傷による出血性ショック死や絞殺、撲殺、心臓を一突きで即死、溺死っていうのもある。
殺害手段自体は、そこまで手が込んでいない?
殺害ではなくて、死体で遊ぶ事が目的だった?
「殺し方にも意味があったのかもしれないよ」
宵が戻ってきた。喋りながらキッチンの方へ行き紅茶の準備をしている。
「意味?」
「マヤに僕から個人で調べて欲しいことがあるって虚が起きるちょっと前に言っておいたんだ。ついさっきメールでだけど返事が来たよ」
宵はノートパソコンを両腕で抱きしめるように持って話す。宵は人に携帯電話を持たせているが宵本人は持っていない。本人曰く煩わしい……らしい。
古い固定電話とノートパソコンしか宵は使わない。最悪コイツなら伝書鳩とか使いそうだ。
「なんて?」私は資料をまじまじと読み返す。
「遺体、全部に出産の後がないかどうか調べてくれって言ったんだよ」
出産、経験? そんな事貰った資料には書いていない。
いや、まず女子高校生って15歳から18歳だろ? 出産は……可能なのか。
月経が来たら人間は子供が作れるって前に聞いたな。
「なんで出産?」
「被害者たちはパパ活って言っても売春をしていたんだろう、昔で言う娼婦だね。今の子は特に金銭に貪欲だ、避妊さえしてれば平気感覚でやっていたんだろう
それに性行為ってのはオキシトシン……幸福ホルモンっていうのが分泌されて用は気分が良くなるんだよ、快楽と金が得られる」
性行為、人間を作るをすれば、金が貰える……と。
「男女ともに人間の三大欲求の性欲は満たされると?」私は宵から差し出された紅茶のカップを受け取る。
「いや、満たされることはあまりないよ」宵は私の隣に座り、首を横に振る。
「引きずり込まれて、破滅するまでやめないのが大体の人間だ。結果的に彼女たちは破滅、殺害された。」
「何に」私が聞くと宵は資料の一部の写真に指さした。
「君も見たんだろう、これの正体を」
宵が指さしたのは十字架を模した何かの骨だった。
「これが何?」
「これは一方的な殺人じゃなくて、復讐なんだよ。似たような事件を昔何かで関わったから僕がたまたま分かったんだろうね。この骨はね、赤子の骨を継ぎ接ぎして作った十字架さ」
赤子の、骨。ボロボロなのは劣化ではなくて接着していたから不安定な形をした十字架をしていたのか。
「じゃあ、売春し出産した親に殺された赤子が悪霊化、または悪魔化のような事して1つの塊になったっていうことか?」
「多分、怨念の集合体が今回の犯人だ。ただね、この子らは親の都合で作られて親の都合で処分されたんだ。そこに恨みや憎しみが生まれないなんて無理だろう?
だってこの子達は感情のある人間だったんだ……」
宵の言っている事は理解出来た。遊びの中で作られた邪な存在として処分された結果、コイツらは復讐した。自分の親に、自分と同じ方法で殺したのかもしれない。
「腹を食い破って、子宮を奪っているのは魔力とかそういうのじゃなくて」
私は、真相と思われるモノが解ったというのに余り良い気分ではなかった。
疑問に回答がある、分かればモヤモヤした気持ちが晴れるのが一般的なんだろう。
だけど、今私の胸の中にはなんとも言えない濁りのようなものがあった。
「ちょっと、外の風に当たってくる……気分が良くない」
私は着ていたワンピースの上にハンガーラックに干されていた黒い白いカーディガンを羽織る。
「いってらっしゃい、携帯電話だけはちゃんと持って歩くんだよ」
宵が棚に置かれている私の携帯電話を指さす。私は頷いて
「じゃあ、行ってくる」
携帯電話をカーディガンのポケットに入れ伽藍堂を出た。
夜の空気は冷たくて怖いけど嫌いにはなれない。
この深い闇は私を独りぼっちと思わせると同時に私という1人の個体が存在しているという証明になるからだ。
街の方へ歩いて進んで行く。時刻は22時を過ぎ始めていた。
市内線バスは最終バスは20時には終わっている。伽藍堂は住宅街からそれなりに離れている。だが歩けない距離じゃない。
「雨が上がってくれて良かった」
空気は少し湿っていたが雨が降っていないから傘をささずに済む。私は軽快な足取りで両手をカーディガンのポケットに入れて進んでいく。
やっぱり履き慣れたブーツが一番落ち着く。
「あ」
住宅街に入り始めた頃、私は警察官が巡回していることに気がついた。
私の容姿は10代、思い切り学生だ。そして今ワンピースを着ているから女だとバレる。今回の女子高校生連続怪死事件の被害対象だと勘違いされて補導されるのは色々面倒だ。マヤの笑った顔の中に怒りが滲んでいるのが目に浮かぶ。私は住宅街の中には入らず、近くの川沿いの方へ歩く方向を変える。
この変えたのが、幸運だったのか……不運だったのか。
私はこの先もきっと分からない。それに分かろうとも思わないんじゃないかと今の私は思う。
河川敷、川から生えた電車用の橋……高架下から野良猫が私の方へ進みそのままどこかへと姿を消した。
紅い一定の歩幅の足跡だけが点々と私の隣に残る。
野良猫から出た血じゃない。
私は眉間に皺を寄せ、ゆっくりと野良猫が出てきた暗い高架下へ進む。
!!
私は息を呑んだ。
冷たい空気に交わった錆の臭いと、広がる紅。死にたての女がそこに、いた。
「お前、パパ活なんてやってないって言ってたのに何で殺されてるんだ」
腹を食い破られたセーラー服姿の女子高校生の死体。
苦痛を与えられたまま時間を止められた彼女の顔は私の知っている顔だった。
喫茶店で働いていた女性店員だ。
私は軽くため息をついて走り去っていく電車の音を聴きながらマヤに連絡した。
「6人目の死体、出た……同じ殺され方をしてる。喫茶店で働いていた女子高校生だ」
マヤの声が驚いているのが携帯電話のスピーカー越しに聴こえる。
私はマヤが警察より先に来るよう頼み、通話を切った。
「お前が殺ったのか」
私は振り返り、声をかける。
目の前にいるのはマヤと一緒にいた時と同じ黒衣装の……子供? 宵と背丈が変わらない。
顔は深いフードのせいでよく見えない。それに金色の前髪で目も隠れている。
ただ、黙って立っていたその子供は私が瞬きをした直後に姿を消した。
あの感じ、確かに悪魔のような霊のようなよく分からない感じがして何かと問われたら答えづらい。
ただ、混ざっていた。何かが混ざってできた存在であることはわかった。
「記憶、視させて貰うぞ」
私はワンピースからいつもの革手袋を取り出して触れる。
「は?」
私は記憶を視終え、理解が出来なかった。
宵の推測が間違えだったのか……?
「待たせたな」
マヤは黒いワイシャツに黒いスキニーパンツとヒールで駆け寄ってきた。
髪の毛の毛先が濡れている。もしかしてシャワーを浴びに家に帰っていたのか?
「マヤ、コイツは今までと違う死体だ。共通点が女子高校生である以外何もない」
初めて、知り合いが死んだのに何の感情も浮かんでこない。
ただ、今私はこの件に対して面倒だ……と思っている。
「宵が子が親に復讐しているって言っていた」
マヤはふむ……と考える仕草をした後
「あの骨と被害者のDNAを速攻で調べたら親子関係が立証された。だが、この子本人も言っていたが
考えつつ喋るマヤの言葉に私は理解した。
「分かった……彼奴も
「私にも分かりやすく説明してくれ」
マヤは私が勝手に理解しているのを見て肩を竦めながら聞く。
「殺人鬼は、私が今日は現れないだろうから明日殺しに行く。マヤには頼みたいことがあるんだ、一役買ってくれないか?」
「へぇ、私に頼んのか。虚……依頼したのは今日の昼なのに行動が早いじゃん」
事情も知っている上で使えるのは今はマヤだけだ。
宵は伽藍堂から出られないし、そもそも役不足だ。
必要なのは、餌だ。
「嗚呼、このくだらない殺人を終わらせる。ってことで明日の夜、22時以降に伽藍堂に迎えにきてくれ」
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