第5話

​「ここなら……っ! さすがにここなら、追いかけては来られまい!」

​ヤマトは港町で全財産を叩き、隣の大陸へと向かう大型快速船に飛び乗った。

水平線の彼方へと消えていく『リーブル』や『グラン・マリーナ』の街並み。あの恐るべきヤンデレ美女たちの執念からようやく解放されるのだと、ヤマトは甲板で海風を浴びながら安堵の涙を流していた。

​だが、この「ナーロッパ」という世界は、どこまで行っても彼に平穏を許さない。

​「――全速前進! 狙うはあの商船だ! 奪い尽くせぇ!」

​突如、霧の向こうから現れたのは、巨大な黒い帆を掲げた海賊船だった。

「海賊だ! 伝説の『緋色の爪(スカーレット・ネイル)』だぞ!」

乗組員たちが悲鳴を上げる中、海賊船から放たれたフック付きのロープが、ヤマトの乗る船を容赦なく引き寄せる。

​船を制圧し、悠然と現れたのは、真っ赤なコートを羽織った褐色の美貌の女性――海賊女王バルバラだった。

露出度の高い服から覗く肢体は、鍛え上げられたしなやかな筋肉と、暴力的なまでの曲線美を誇っている。だが、彼女は不自然に顔を赤らめ、荒い息を吐いていた。

​「……はぁ、はぁ……。ちっ、どいつもこいつもシケた面しやがって。……おい、お前」

​バルバラの鋭い視線が、ヤマトを射抜く。

彼女はふらふらとした足取りで歩み寄り、ヤマトの胸倉を掴んだ。

​「お前……治癒術師か? それも、とびきり『濃い』やつだな……。この匂いでわかるぜ」

​実は彼女、海の魔獣から『極限海酔(オーシャン・ハイ)』という名の呪いを受けていた。

これは、揺れを感じるたびに体内の魔力が暴走し、三半規管を通して全身が「快感」を伴う激しい眩暈に襲われるというもの。荒波を走る海賊にとっては、一歩間違えれば絶頂のあまり操舵不能に陥る死活問題の呪いだった。

​「私の……この狂いそうな『酔い』を止めろ。できなきゃ……ここで鮫の餌だ」

​ヤマトは震えながら、彼女の腹部に浮かぶ呪いの紋章に手を当てた。

​『――検知:動的な揺れに呼応する感度ブースト。特殊コンディション「海上」を確認』

『スキル【神聖なる悦楽の再生】を発動。海水の塩分を媒介に、浸透圧による超高密度治療を開始します』

​「うおっ!? 待て、これヤバい気が――」

​ヤマトの手が、バルバラの引き締まった腹筋に触れる。

その瞬間、ヤマトの魔力が海風と共鳴し、目に見えるほどの黄金の火花を散らした。

​「――っ!? ぁ……あ、ぁぁあああああぁッ!!」

​バルバラが絶叫し、その場にのけぞる。

腹部から叩き込まれる「癒やし」という名の快楽の奔流。それは、激しい荒波に揉まれるよりも遥かに強烈な、魂を揺さぶる衝撃だった。

​「これ、は……っ! 波だ、波が……っ、私の中を、めちゃくちゃに……っ! はぁ、あぁっ、すごい……頭の中まで、塩水(しお)を吹いて……真っ白になっちまう……っ!!」

​屈強な部下たちが呆然とする中、海賊女王はヤマトにすがりつき、野性的な美貌を蕩けさせて甘い声を漏らす。

呪いが解けるにつれ、彼女の瞳には、略奪者のそれとは違う、逃れられない獲物を捕らえた時の熱い光が宿り始めた。

​「……決めたぞ、お前。今日から私の『船(カラダ)』の専属操舵手だ。この熱……誰にも渡さねえ。逃げようとしたら、重りを付けて海の底に沈めてから、一生愛でてやる……っ」

​「(またこれだ! 助けるたびに監禁宣告を受ける不具合、どうにかならないのかよ!)」

​バルバラの力強い腕が、ヤマトを逃がすまいと抱きしめる。

海賊たちも「姐さんの旦那だ!」と盛り上がり、逃げ場はどこにもない。

ヤマトは意を決し、ついに奥の手を解放した。

​「……ごめん、バルバラ! 俺、まだ行かなきゃならないんだ! 【終焉を刻む指先(ラスト・ピリオド・タッチ)】!!」

​ヤマトの指先が、バルバラのうなじの付け根にある、急所中の急所を突く。

瞬時に限界値を超えた快感がバルバラの脳を直撃した。

​「――っ!? ……あ、あ……あが……っ」

​海賊女王は、一生分の絶頂を数秒に凝縮したかのような衝撃に、幸福そうな笑みを浮かべたまま、ガクガクと震えてその場に沈んだ。完全な気絶。意識はピリオドの向こう側へと旅立った。

​「今のうちに……っ! 救命ボート、拝借するぜ!」

​ヤマトは混乱する海賊船から海へと飛び込み、小型ボートで再び逃亡を開始する。

​しかし、彼は知らなかった。

気絶したバルバラの懐から、彼女の使い魔であるカモメが飛び立ち、さらにその後方からは、氷の聖女の軍船と、ダークエルフを乗せた謎の超高速艇が、ヤマトを追って全速力で迫ってきていることを。

​「(……次は、陸(おか)でも海でもないところへ逃げるしかないのか!?)」

​ヤマトの孤独でエロティックな逃走劇は、ついに多国籍な「ヤンデレ包囲網」へと発展していく。

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