第4話

​「……はぁ、はぁ……っ! ここまで来れば、流石に追ってこれないだろ……っ!」

​ヤマトは国境を越え、隣国にある商業都市『グラン・マリーナ』の路地裏で、ようやく荒い息を整えていた。

背後を振り返っても、あの恐ろしくも美しい「ヤンデレ三重奏(ダークエルフ、令嬢、女騎士)」の姿はない。

​彼女たちの愛はあまりにも重かった。治療のたびに「監禁」だの「足の腱」だのと不穏な単語が飛び交う状況に、ヤマトの精神は限界だったのだ。

​「悪いとは思うけど、俺の身の安全が第一だからな。……さて、この街でひっそり暮らすとしよう」

​だが、運命は非情である。

ヤマトが安宿を探して街の大通りを歩いていると、突然、周囲が騒がしくなった。

​「道を開けろ! 聖女様のお通りだ!」

​白銀の鎧を着込んだ近衛兵たちに守られ、一台の豪華な馬車が通り過ぎようとしていた。しかし、その馬車がヤマトの目の前まで来た時、急停止する。

​「……っ、う、あぁ……ッ!!」

​馬車の中から、押し殺したような、それでいて肺の奥から漏れ出るような艶めかしい悲鳴が聞こえてきた。

扉が開き、転がり落ちるように現れたのは、雪のような白髪と、冷徹なまでに整った美貌を持つ女性――この国の至宝と呼ばれる**『氷の聖女』セシリア**だった。

​彼女は地面に膝をつき、自身の胸元を掻きむしっている。

「聖女様! また発作が……! ど、どなたか、腕の良い治癒術師はいませんか!?」

​兵士たちが狼狽する中、ヤマトは見てしまった。

彼女の首筋から胸元にかけて、真っ黒な**「淫紋」**のような模様が、脈打つように浮かび上がっているのを。それは魔王軍が放った呪い、『絶頂の呪縛(エスタシー・カース)』。常に体温が上昇し、皮膚が触れ合うだけで脳を焼くような快楽に襲われるという、聖職者にとって最も屈辱的な呪いだった。

​「(……関わっちゃダメだ。絶対また面倒なことになる)」

​ヤマトは踵を返そうとした。しかし、倒れ込んだセシリアの指先が、偶然にもヤマトの靴に触れた。

​『――検知:超高純度の聖魔力と、相反する深淵の呪いを確認』

『システム、緊急介入。現時刻よりスキル【神聖なる悦楽の再生】を最大出力で展開します』

​「うわぁ、また強制起動かよ!?」

​ヤマトの体が勝手に動き、セシリアの肩を抱き寄せた。

その瞬間、ヤマトの掌から、これまでで最も濃厚で黄金色の「癒やしの波動」が溢れ出した。

​「な、……あ、あぁぁぁああっ!?」

​セシリアの瞳がカッと見開かれ、背中が弓なりに反る。

ヤマトの魔力が彼女の体内の呪いと衝突し、凄まじい化学反応を引き起こしたのだ。

ただでさえ『絶頂の呪縛』で感度が極限まで高まっていた彼女の脳に、ヤマトの「エロいほど効く回復魔法」が叩き込まれる。

​「あ、あああああ! 嫌っ、そんな……聖女である私が、こんな……っ、頭の中が、真っ白に……っ! はぁ、はぁ……お、お願い、もっと……もっと奥を、その熱いので焼き潰してぇっ!!」

​清廉潔白で知られた聖女が、大衆の面前でヤマトの首にしがみつき、恍惚とした表情でよだれを垂らす。

その肌からは、もはや湯気が立ち上るほどの熱気が発せられていた。

​数分後、呪いは完全に浄化された。

しかし、ヤマトは見てしまった。セシリアの、氷のように冷たかった瞳が、ドロリとした「獲物を見つけた蛇」のような粘着質な色に変わるのを。

​「見つけた……。私の、神様……。貴方を逃がしたら、私は二度と、あの『高み』へ行けない……」

​「(……デジャヴだ! これも完全にヤンデレの入り口だ!)」

​セシリアが立ち上がり、兵士たちに冷酷なまでの笑顔で命じる。

「このお方を、私の寝室へ……いえ、我が国の最深部にある『聖なる檻』へお連れしなさい。指一本、誰にも触れさせてはなりませんわ。もちろん、彼が逃げ出さないよう、手枷と首輪も忘れずに」

​「ひ、ひぃぃぃ! 助けてくれー!」

​四方八方を兵士に囲まれ、逃げ場を失ったヤマト。

だが、ここで彼は新しく編み出した「奥の手」を繰り出す。

​「こうなったら……これだ! 【終焉を刻む指先(ラスト・ピリオド・タッチ)】!!」

​ヤマトはセシリアの首筋の一番敏感な箇所に、魔力を一点集中させた指を突き立てた。

​「――っ!? ぁ……あ、ぎ、ぎもちぃ……いいいいい!!」

​セシリアは、これまでの治療を遥かに凌駕する「限界突破した快感」の濁流に飲み込まれ、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

あまりの刺激に脳がシャットダウンし、強制的に深い昏睡状態(気絶)へと陥ったのだ。

​「今だっ! すまない聖女様、二度と会わないことを祈るよ!」

​周囲の兵士たちが「聖女様が昇天された!?」と混乱している隙に、ヤマトは全力で路地の向こう側へと駆け出した。

​しかし。

気絶したセシリアの顔は、あまりの幸福感に満ち溢れており、その唇は無意識にこう呟いていた。

​「ヤマト……様……。逃げても……無駄……。貴方の指の感触……魂に、刻んだから……」

​ヤマトの逃亡劇は、さらに激しさを増していく。

背後からは復活したセシリアの追跡、そして遠くからはルナリスたちの「執念の包囲網」が、着実に狭まっていた。

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