第18話 大人は、数字より先を見ている

研究室は、

 思ったより静かだった。



「桐生くんだったね」


 教授は、

 穏やかな声で言った。


「最近、成績が安定してる」


「ありがとうございます」


 嘘じゃない。

 でも、理由は言えない。



「今日は、

 進路相談だと聞いた」


「はい」


 その一言で、

 空気が少し変わる。



「率直に聞こう」


 教授は、

 メガネ越しに俺を見る。


「今、稼げているね?」


 一瞬、息が止まった。


(この人……)



「……はい」


 曖昧に、肯定する。



 教授は、

 責めるような顔はしなかった。


 むしろ――

 少し、安心したような顔。



「若いうちに、

 結果が出るのはいい」


「でも」


 一拍置く。


「再現できない成功は、

 実績じゃない」



 胸に、

 重い石が落ちた。



「競馬、投資、

 方法は何でもいい」


 教授は続ける。


「重要なのは、

 “人に説明できるか”だ」



「説明、ですか」


「そう」


「なぜ勝てたのか。

 なぜ続いているのか」


「それを言語化できないなら、

 いずれ運に戻る」



(……前世と、同じ警告だ)


 でも今回は、

 違う形で届いた。



「桐生くん」


 教授は、

 少しだけ笑った。


「君は、

 考える力がある」


「だから」


 声が低くなる。


「肩書きを、作りなさい」



 就職。

 研究。

 資格。

 事業。


「何でもいい」


「だが、

 “君は何者か”を

 説明できる状態にしろ」



 研究室を出た後。


 空が、やけに広かった。



(肩書き、か)


 金は、

 いつか減る。


 でも――

 肩書きは、

 残る。



 ひよりに、

 その話をした。


「……なるほどね」


 真剣な顔。


「つまり」


「はい」


「桐生くんは、

 天才ギャンブラーで

 終わる気はない、と」


「その言い方は……」


「嫌いじゃないけど」



 二人で、笑った。



 桐生こういちは、

 ようやく理解した。


 大人が言う“安定”は、

 金の話じゃない。


 説明できる未来の話だ。



 次に選ぶ一手は、

 競馬より

 ずっと難しい。


 でも――

 逃げない。

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