第16話 競馬だけじゃ、足りない

きっかけは、

 本当に些細な一言だった。



「桐生くんさ」


 ひよりが、コーヒーを飲みながら言う。


「もし、競馬がなかったら

 何してたと思う?」


「……考えたこと、なかったですね」


 正直な答えだった。



 競馬は好きだ。

 勝てている。


 でも――

 一生、それだけで行けるかは別だ。



(前世でも、ここで躓いた)


 勝てなくなった瞬間、

 何も残らなかった。



「競馬はさ」


 ひよりが言う。


「すごいけど、不安定だよね」


「はい」


 否定できない。



 その夜。


 俺はノートを開いた。


 競馬以外で、

 自分が“使えるもの”。


・データ整理

・資金管理

・感情コントロール

・再現性のある判断


(……全部、競馬由来だな)



 でも、だからこそ。


(転用できる)



 投資。

 分析。

 情報の整理。


 競馬ほど即効性はない。

 でも――

 安定する。



「ひより」


「なに?」


「少しずつ、

 競馬以外も始めようと思います」



「……いいと思う」


 ひよりは、即答だった。


「桐生くん、

 “一発屋”向いてないし」


「褒めてます?」


「全力で」



 小さく始める。


 無理しない。

 欲張らない。


 競馬と同じだ。



 大学の講義で、

 経済の話を聞きながら思う。


(今なら、分かる)


 数字の裏にある、

 人の心理。



 桐生こういちは知っている。


 本当の安定は、

 勝ち続けることじゃない。


 勝てない日でも、

 崩れないことだ。



 競馬は、武器。


 でも――

 人生は、総合戦。


 次のフェーズに、

 足を踏み入れた。

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