第15話 生活が、少しずつ楽になっていく
最初に変えたのは、
何かを買うことじゃなかった。
*
コンビニで、値段を見なくなった。
それだけ。
(……あ)
気づいた瞬間、
少しだけ笑ってしまった。
*
以前なら、
飲み物一つでも悩んでいた。
今は――
必要なら、買う。
それだけだ。
*
次に変えたのは、
住む場所だった。
「引っ越すの?」
ひよりが聞く。
「はい」
「豪華なとこ?」
「静かなところです」
見栄は、いらない。
*
駅から少し離れた、
築浅のワンルーム。
家賃は上がったけど、
心拍数は下がった。
*
「……なんか」
部屋を見たひよりが言う。
「大人の部屋だね」
「それ、褒めてます?」
「たぶん」
*
家具も、少しずつ。
安物を一気に捨てない。
壊れたら、ちゃんとした物に替える。
(前世は、逆だった)
*
競馬の後。
ファミレスじゃなく、
落ち着いた店を選ぶ。
「ここ、高くない?」
「大丈夫です」
「その“大丈夫”、
最近よく聞く」
*
それでも、
贅沢はしない。
勝負の軸は、変えない。
*
ある日。
ひよりが、ぽつりと言った。
「ねえ」
「はい?」
「桐生くんさ」
「?」
「“お金が増えた人”の顔じゃないよね」
*
「じゃあ、どんな顔です?」
「……余裕が増えた人」
*
その表現が、
一番しっくり来た。
*
桐生こういちは、
知っている。
生活水準が上がると、
判断は鈍る。
だから――
上げすぎない。
段階を踏む。
*
今はまだ、
「楽になった」だけ。
でも――
その積み重ねが、
後で一番効く。
*
ひよりは隣で、
自然に笑っている。
それが、
何よりの証拠だった。
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