第14話 恋人になってからの、初めての勝負

その日は、

 やらないという選択肢がなかった。



 重賞。

 メンバー、揃いすぎ。

 馬場、完璧。


(条件が、噛み合いすぎている)


 前世でも、

 この手のレースは

 “当てにいける”部類だった。



「桐生くん」


 ひよりが、少し緊張した声で言う。


「今日……勝負?」


「……はい」


 即答できなかったのが、

 すでに答えだった。



 ベンチに座り、

 二人で最後の確認。


「資金、普段の二倍まで」


「了解」


「外れたら、そこで終了」


「うん」


 ひよりは頷く。


 でも、

 手は少しだけ震えていた。



(前なら、気づかなかった)


 今は、

 それが分かる。



「大丈夫です」


 俺は、静かに言った。


「勝つから、じゃない」


 ひよりを見る。


「負けても、壊れない」



 その言葉で、

 ひよりの肩の力が抜けた。


「……それ、ずるい」



 買い目は、

 絞りに絞った。


 点数を増やせば、

 安心できる。


 でも――

 それは“逃げ”だ。



 発走。


 スタンドのざわめき。


 鼓動が、

 自分でも分かるくらい早い。


(これが――

 誰かと賭ける重さ)



 直線。


「来る……!」


 ひよりの声。


 俺は、

 ただ前を見ていた。



 ゴール。


 一瞬の沈黙。



「……当たった」


 ひよりが、息を吐く。


「……ですね」



 大勝ち、ではない。


 でも――

 今までで一番、意味のある的中だった。



 配当表示。


 ひよりが、目を丸くする。


「え……これ」


「はい」


「普通に、

 生活変わるやつじゃん」



 俺は、静かに頷いた。



 帰り道。


 ひよりが、

 俺の腕をぎゅっと掴む。


「……ねえ」


「はい」


「私、今日思った」


 少し、真剣な声。


「桐生くんとなら」


 一拍置いて。


「怖い勝負でも、

 逃げなくていい」



 その言葉は、

 どんな配当よりも重かった。



 桐生こういちは、

 初めて理解した。


 金を賭ける怖さと、

 人を賭ける覚悟は、

 同じ重さだ。


 そして――

 今回は、

 どちらも守れた。

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