第11話 将来の話を、してもいい距離

税理士相談の帰り。


 夕方の駅前は、人が多かった。

 なのに――

 ひよりの声だけ、妙にはっきり聞こえた。



「ねえ、桐生くん」


「はい?」


「……将来の話って、してもいい?」


 足が止まりそうになるのを、

 理性で抑えた。


(来たか)



「急にどうしたんですか」


 あくまで、平静を装う。


「うーん」


 ひよりは少し考えてから言った。


「税金の話とかさ。

 お金の管理とかさ」


「はい」


「それってもう、

 “今だけ”の話じゃないなって」



 正しい。


 だから、誤魔化せない。



「正直に言うと」


 俺は歩きながら言った。


「先のことは、

 ちゃんと考えてます」


「……だよね」


 ひよりは、安心したように息を吐いた。



「私さ」


 少し照れた声。


「競馬、ずっと好きだけど」


「はい」


「一生、バイトしながら

 週末だけ通うのかなって、

 最近思ってて」



 ひよりは、立ち止まる。


「桐生くんと組んでから、

 見え方、変わった」



 勝つこと。

 負けないこと。

 管理すること。


 それは――

 「夢」じゃなく「生活」だ。



「別にさ」


 ひよりは慌てて付け足す。


「今すぐ何か決めたいとかじゃないよ?」


「分かってます」


「でも……」


 一瞬、視線が合う。


「桐生くんとなら、

 ちゃんとした未来、

 考えてもいいかなって」



 心臓が、嫌な音を立てた。


(それは――)


 前世の俺が、

 一度も与えられなかった言葉だ。



「……ありがとうございます」


 俺は、ゆっくり言う。


「でも」


「うん?」


「俺は、慎重です」


「知ってる」


 即答だった。


「むしろ、

 そこがいい」



 ひよりは、少し笑う。


「だからさ」


「はい」


「一歩ずつでいい。

 競馬も、将来も」



 その言葉に、

 逃げ道はなかった。


(同じ過ちは、繰り返さない)


 金も。

 人も。



 その夜。


 一人で通帳を見る。


 数字は、確かに増えている。


 でも――

 それ以上に重いものが、

 胸に乗っていた。


(責任、か)



 桐生こういちは知っている。


 金は、

 使い方よりも、

 誰と向き合うかで重さが変わる。


 そして今。


 白石ひよりは、

 「未来」の話をする相手として、

 俺の前に立っていた。


 ……もう、

 後戻りはできない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る