第11話 将来の話を、してもいい距離
税理士相談の帰り。
夕方の駅前は、人が多かった。
なのに――
ひよりの声だけ、妙にはっきり聞こえた。
*
「ねえ、桐生くん」
「はい?」
「……将来の話って、してもいい?」
足が止まりそうになるのを、
理性で抑えた。
(来たか)
*
「急にどうしたんですか」
あくまで、平静を装う。
「うーん」
ひよりは少し考えてから言った。
「税金の話とかさ。
お金の管理とかさ」
「はい」
「それってもう、
“今だけ”の話じゃないなって」
*
正しい。
だから、誤魔化せない。
*
「正直に言うと」
俺は歩きながら言った。
「先のことは、
ちゃんと考えてます」
「……だよね」
ひよりは、安心したように息を吐いた。
*
「私さ」
少し照れた声。
「競馬、ずっと好きだけど」
「はい」
「一生、バイトしながら
週末だけ通うのかなって、
最近思ってて」
*
ひよりは、立ち止まる。
「桐生くんと組んでから、
見え方、変わった」
*
勝つこと。
負けないこと。
管理すること。
それは――
「夢」じゃなく「生活」だ。
*
「別にさ」
ひよりは慌てて付け足す。
「今すぐ何か決めたいとかじゃないよ?」
「分かってます」
「でも……」
一瞬、視線が合う。
「桐生くんとなら、
ちゃんとした未来、
考えてもいいかなって」
*
心臓が、嫌な音を立てた。
(それは――)
前世の俺が、
一度も与えられなかった言葉だ。
*
「……ありがとうございます」
俺は、ゆっくり言う。
「でも」
「うん?」
「俺は、慎重です」
「知ってる」
即答だった。
「むしろ、
そこがいい」
*
ひよりは、少し笑う。
「だからさ」
「はい」
「一歩ずつでいい。
競馬も、将来も」
*
その言葉に、
逃げ道はなかった。
(同じ過ちは、繰り返さない)
金も。
人も。
*
その夜。
一人で通帳を見る。
数字は、確かに増えている。
でも――
それ以上に重いものが、
胸に乗っていた。
(責任、か)
*
桐生こういちは知っている。
金は、
使い方よりも、
誰と向き合うかで重さが変わる。
そして今。
白石ひよりは、
「未来」の話をする相手として、
俺の前に立っていた。
……もう、
後戻りはできない。
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