第10話 勝ち続けると、税務署が視野に入る

 その封筒は、

 ある意味、万馬券より怖かった。



「……確定申告、か」


 スマホの検索画面を見ながら、

 俺は静かに息を吐いた。


(忘れてたわけじゃない)


 ただ――

 意識しないようにしていただけだ。



 競馬の払戻金。


 一時所得。

 控除、50万円。


 そこを超えた分は、

 しっかり課税対象。


(……超えてるな)


 とっくに。



 前世では、

 ここで詰んだ。


 調子に乗って、

 無申告。

 追徴。

 一気に崩壊。


(同じミスはしない)



 競馬場のベンチ。


 俺は、ひよりに切り出した。


「ひより」


「なに、急に真顔」


「税金の話です」


「……え」


 ひよりの表情が、一気に引き締まる。



「もう、申告しないと

 マズいラインです」


「え、ちょっと待って」


「はい」


「それって……

 “かなり勝ってる”ってこと?」


「かなり、ですね」



 ひよりは、しばらく黙った。


 それから、小さく笑う。


「……桐生くん」


「はい」


「ほんとに、普通じゃない」



「でもさ」


 すぐに、真剣な声になる。


「ちゃんとやろう。

 逃げないで」


「最初から、そのつもりです」


 だから、言った。



 家に帰って、

 俺は過去のレース結果を全部整理した。


 購入額。

 払戻。

 日付。


 淡々と、機械みたいに。


(これが、“勝ち続ける責任”か)



 数日後。


 税理士の無料相談。


「……学生さんで、

 これは珍しいですね」


 苦笑される。


 でも、責められなかった。


 ちゃんと申告する人間だからだ。



 帰り道。


 ひよりが言った。


「なんかさ」


「はい」


「大人の世界に

 足突っ込んだ感じするね」


「ですね」



 それでも。


 俺の心は、不思議と落ち着いていた。


 金が増えても。

 税金がかかっても。


(管理できてる)


 それが、前世との決定的な違いだ。



 桐生こういちは知っている。


 本当の金持ちは、

 派手に勝つ人間じゃない。


 静かに、

 正しく、

 逃げずに処理できる人間だ。



 そして――

 ひよりは、その隣に立っている。


 それが、

 いつの間にか当たり前になっていた。

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