第6話 石ひよりは、なぜ桐生くんを信じたのか

 正直に言うと――

 最初は、ただの「競馬できる人」だと思ってた。


 バイト先に来た新人、桐生こういち。

 見た目は普通。

 愛想も、まあ普通。


 なのに。


(この人、変だな)


 それが第一印象。



 競馬の話をするとき、

 桐生くんは絶対に熱くならない。


 勝っても、ふーんって顔。

 負けても、まあ仕方ないですね、で終わり。


(いやいや、競馬ってもっと感情出るでしょ)


 私は、外れたら悔しいし、

 当たったら普通にテンション上がる。


 でも桐生くんは違った。


 まるで――

 結果よりも、過程を見てるみたいな目。



 競馬場で一緒に賭けたときもそう。


「今日は無理しない方がいいです」


 その一言を、

 あんなに迷いなく言える人、初めてだった。


 だって競馬場って、

 「もう一レース!」

 「次で取り返す!」

 って空気で満ちてる。


 それに流されないのって、

 実はすごく難しい。


(この人、競馬に飲まれてない)


 それが、私には新鮮だった。



 重賞の日。


「大きくは勝てません」


 普通ならガッカリする言葉。

 でも、不思議と嫌じゃなかった。


 むしろ――


(あ、この人、ちゃんと私のこと考えてる)


 そう思った。


 自分だけ勝てればいい人じゃない。

 一緒に賭ける相手の気持ちも、ちゃんと見てる。



 レースが当たったとき。


 桐生くんは、

 ガッツポーズもしなければ、叫びもしなかった。


 ただ、静かに言った。


「当たりです」


 その声が、

 なんだかすごく安心できて。


(ああ……)


 この人となら。


 勝っても、

 負けても。


 たぶん、

 競馬を嫌いにならずに済む。



 だから私は、決めた。


「桐生くんがそう言うなら、従う」


 それは丸投げじゃない。

 信頼して、一緒に選ぶってこと。



 バイト帰り。


 前を歩く桐生くんの背中を見る。


(この人、何者なんだろ)


 予想が当たる理由も、

 落ち着いている理由も、

 全部は分からない。


 でも――


(今は、知らなくていいかな)


 白石ひよりは、

 今日も桐生くんを信じて、

 次のレースを楽しみにしている。


 それだけで、十分だった。

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