第5話 初めての重賞は、二人分の責任が重い
重賞当日の朝。
俺――桐生こういちは、いつもより少し早く目が覚めていた。
(重賞か……)
前世では、気合を入れすぎてよく自滅していた。
だが今は違う。
堅実。冷静。欲張らない。
それが、今の俺のルールだ。
*
競馬場。
「うわー、今日すごい人!」
ひよりはいつも以上にテンションが高い。
それだけ、このレースに期待している証拠でもある。
「今日はどうするの?」
その一言が、いつもより重く感じた。
「……まず結論から言うと」
俺はパドックを見ながら答える。
「このレース、大きくは勝てません」
「え?」
「堅い決着になる可能性が高い。
無理に広げると、逆に負けます」
ひよりは少し考えてから、うなずいた。
「桐生くんがそう言うなら、従う」
(……信頼されすぎてないか?)
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
*
買い目はシンプルだった。
• 人気馬からのワイド
• 点数は最小限
• 資金の三割まで
「……これだけ?」
ひよりはマークシートを見て首をかしげる。
「はい。今日は“当てに行く日”です」
「なるほどー」
文句は言わない。
それが、今のひよりの答えだった。
*
レース前。
『まもなく発走です』
スタンドの空気が一気に張りつめる。
「ねえ、桐生くん」
「なんです?」
「外れたらさ」
ひよりは笑って言った。
「それはそれで、いいよ」
「……え?」
「今日のは、私も納得して買ってるから」
その言葉で、肩の力が抜けた。
(ああ……)
俺は今、
一人で賭けてない。
*
『スタートしました!』
隊列は想定通り。
ペースも、位置取りも。
(問題ない)
直線。
「来る……!」
ひよりが祈るように手を握る。
そして――
『ゴールイン!』
掲示板に映る着順。
「……当たり?」
「当たりです」
一拍遅れて、実感が来た。
「やった……!」
ひよりが小さくガッツポーズをする。
配当は大きくない。
でも、確実なプラス。
「桐生くん」
ひよりが俺を見る。
「ありがとう」
「……いえ」
「今日のレース、
今までで一番楽しかった」
それは、最高の評価だった。
*
夕方。
「ね、次も一緒に考えよ?」
「もちろん」
自然にそう答えている自分に、少し驚く。
競馬は一人でもできる。
でも――
(信頼を共有するのも、悪くない)
桐生こういちは、
次の重賞よりも先に、
この関係がどこへ向かうのかを考えていた。
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