第5話 初めての重賞は、二人分の責任が重い

 重賞当日の朝。

 俺――桐生こういちは、いつもより少し早く目が覚めていた。


(重賞か……)


 前世では、気合を入れすぎてよく自滅していた。

 だが今は違う。


 堅実。冷静。欲張らない。


 それが、今の俺のルールだ。



 競馬場。


「うわー、今日すごい人!」


 ひよりはいつも以上にテンションが高い。

 それだけ、このレースに期待している証拠でもある。


「今日はどうするの?」


 その一言が、いつもより重く感じた。


「……まず結論から言うと」


 俺はパドックを見ながら答える。


「このレース、大きくは勝てません」


「え?」


「堅い決着になる可能性が高い。

 無理に広げると、逆に負けます」


 ひよりは少し考えてから、うなずいた。


「桐生くんがそう言うなら、従う」


(……信頼されすぎてないか?)


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。



 買い目はシンプルだった。

• 人気馬からのワイド

• 点数は最小限

• 資金の三割まで


「……これだけ?」


 ひよりはマークシートを見て首をかしげる。


「はい。今日は“当てに行く日”です」


「なるほどー」


 文句は言わない。

 それが、今のひよりの答えだった。



 レース前。


『まもなく発走です』


 スタンドの空気が一気に張りつめる。


「ねえ、桐生くん」


「なんです?」


「外れたらさ」


 ひよりは笑って言った。


「それはそれで、いいよ」


「……え?」


「今日のは、私も納得して買ってるから」


 その言葉で、肩の力が抜けた。


(ああ……)


 俺は今、

 一人で賭けてない。



『スタートしました!』


 隊列は想定通り。

 ペースも、位置取りも。


(問題ない)


 直線。


「来る……!」


 ひよりが祈るように手を握る。


 そして――


『ゴールイン!』


 掲示板に映る着順。


「……当たり?」


「当たりです」


 一拍遅れて、実感が来た。


「やった……!」


 ひよりが小さくガッツポーズをする。


 配当は大きくない。

 でも、確実なプラス。


「桐生くん」


 ひよりが俺を見る。


「ありがとう」


「……いえ」


「今日のレース、

 今までで一番楽しかった」


 それは、最高の評価だった。



 夕方。


「ね、次も一緒に考えよ?」


「もちろん」


 自然にそう答えている自分に、少し驚く。


 競馬は一人でもできる。

 でも――


(信頼を共有するのも、悪くない)


 桐生こういちは、

 次の重賞よりも先に、

 この関係がどこへ向かうのかを考えていた。

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