第4話 この人となら負けても良いと思った

 バイト終わりのファミレス。

 俺――桐生こういちは、ドリンクバーの前でひよりと並んでいた。


「桐生くんさ」


 氷を入れながら、ひよりがぽつりと言う。


「この前の競馬、楽しかった」


「それはよかったです」


「ううん、ただ楽しいだけじゃなくて」


 少しだけ、言葉を探す間があった。


「……安心したんだよね」


「安心?」


「うん。勝っても浮かれないし、外しても不機嫌にならないし」


 確かに、前世の俺はその真逆だった。


「競馬ってさ」


 ひよりはカップを置いて、俺の方を見る。


「一緒にやる人で、全然違うんだなって思った」


「……それは、分かります」


 ギャンブルは、感情が出る。

 だからこそ、人が見える。



 帰り道。


「ねえ、桐生くん」


「なんです?」


「私さ」


 少し照れたように笑う。


「今まで競馬、ずっと一人だったんだ」


 意外だった。


「誰かと話すと、

 『女の子なのに』とか言われるし」


「……あるあるですね」


「でしょ?」


 ひよりは肩をすくめる。


「だからさ」


 立ち止まって、俺を見る。


「桐生くんと一緒なら、

 負けてもいいかなって思った」


 胸の奥が、少しだけざわついた。


(それは……信頼、だよな)


「……それは、言いすぎです」


「えー、素直じゃない!」


 笑いながら、ひよりは俺の腕に軽く触れる。


 近い。

 でも、嫌じゃない。



 その日から。


 ひよりは、レース前に必ず聞くようになった。


「桐生くん、どう思う?」


 俺は答える。

 教科書通り、無理をしない範囲で。


「今日は見送りもアリです」


「おっけー」


 その返事に、迷いはない。


(……完全に任されてるな)


 責任は感じる。

 だが同時に――


(信頼されるの、悪くない)



 日曜の夕方。


「ね、今度は重賞行こ?」


「いきなりですね」


「大丈夫。無茶しないの、分かってるから」


 その言葉が、妙に重かった。


 桐生こういちは思う。


 競馬は、当てるだけの遊びじゃない。

 誰と、どんな気持ちで向き合うかだ。


 そして今、

 白石ひよりは、俺を信じて馬券を買っている。


 それは――

 前世では一度も手に入らなかった感覚だった。

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