第3話 犯人の動機が、理解を拒否してくる件について
スーパー銭湯から戻った俺たちは、事務所のソファに沈み込んでいた。
「師匠」
「なんだ」
「今回の事件、しょーもなさで言ったら歴代トップクラスでしたね」
「まだ終わってないからな」
「終わりがあるんですか、これ」
ある。
なぜなら――
会員証は、まだ見つかっていない。
つまりこれは未解決事件だ。
探偵として、割引を守れなかった罪は重い。
その時、事務所の電話が鳴った。
「はい、コクボ探偵事務所」
『あ、もしもし……昨日、銭湯で会員証の件で……』
依頼人だった。
「見つかりましたか?」
『いえ……それが……』
「嫌な“それが”だな」
『防犯カメラを確認したら……』
――映ってたらしい。
犯人像①:異常に姿勢が良い
スーパー銭湯の休憩所。
防犯映像には、依頼人がロッカー前で着替える様子が映っていた。
問題はその直後だ。
「……この人、誰ですか?」
「知りません」
「師匠、めちゃくちゃ姿勢良くないですか?」
映像に映る男は、
背筋が異常なほどピンと伸び、
一切ブレず、
一礼してからロッカーに近づいていた。
そして――
「……盗りましたね」
「盗りましたね」
「盗り方が礼儀正しすぎる」
男は会員証だけを抜き取り、
再び一礼し、
颯爽と去っていった。
「犯人、確定だな」
「師匠、動機は?」 「分からん」
「分からないまま行くんですか」
「狂ってるやつは、だいたい理由を聞くと余計分からなくなる」
これは経験則だ。
犯人像②:語り出したら止まらない
翌日。
俺たちは、犯人と思しき男を捕まえた。
銭湯の常連で、年齢は三十代後半。
「あなたですね」
「……はい」
「動機を聞いても?」
「聞きたいです!」
「聞かせてください!」
男は一度、深呼吸した。
「――整っていなかったんです」
「……何が?」
「ゴールド会員証が……財布の中で……」
ムコが小声で言う。
「師匠、来ました」
「ああ、来たな」
「ゴールドなのに……
他のカードと同じ向きで入れられていた……
あれは……許されない……」
男の目が、開きすぎている。
「私は……
“特別なものは、特別な扱いを受けるべきだ”
そう信じているんです!」
「だから盗った?」
「はい!」
「自分で使うため?」
「いいえ!」
男は、誇らしげに言った。
「正しい位置に、戻すためです」
沈黙。
俺は、ゆっくり頷いた。
「……なるほど」
「納得しちゃダメですよ師匠」
「犯人が狂ってるだけで、論理は一貫してる」
「それが一番怖いです」
真相(どうでもいい)
男は、
他人の財布の中のカード配列が気になりすぎて、
“直すために盗む”
という独自ルールで生きていた。
結果、
ゴールド会員証は、
自宅のカード整理専用ケースに
ラベリング付きで保管されていた。
依頼人は会員証を取り戻し、
男は連行され、
世界は少しだけ、元に戻った。
「師匠」
「なんだ」
「次の事件も、こんな感じですか」
「ああ」
「犯人、毎回あたおかですか」
「保証する」
ムコはため息をついた。
「……でも」
「ん?」
「ちょっとだけ、ミステリーしてましたね」
「だろ」
こうしてまた一つ、
誰の人生にも影響しない事件が解決した。
次に待つのは、
もっとどうでもよくて、
もっと狂った犯人だ。
探偵業とは、そういうものだ。
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