第2話 消えたのは、たった一枚のアレ


「で、消えた大事なものというのは?」


 俺がそう聞くと、依頼人の男性は一瞬だけ言葉に詰まり、視線を床に落とした。


 この間の取り方、重さ……来るな。これは来る。


「……会員証です」


「……は?」 「……は?」


 俺とムコの声が、完璧にハモった。


「いえ、正確には、ただの会員証ではありません」


「ただの会員証じゃないやつは、だいたいただの会員証ですよ」


「師匠、静かに」


 ムコが小声で俺を制し、依頼人は続けた。


「私、駅前のスーパー銭湯の……」


「スーパー銭湯」


「ゴールド会員なんです」


「師匠、ゴールドですよ」


「聞こえてる」


 男性は胸を張った。


 いや、張るほどのものかどうかは置いておこう。


「そのゴールド会員証が、今朝から見当たらないんです」


「無くすと何が困るんです?」


「平日入館料が……」


「半額」


「半額です」


 沈黙。


 俺は天井を見上げた。


 ムコは口を手で覆って、必死に笑いを堪えている。


「……つまり」


「はい」


「銭湯の割引カードが無くなった」


「そうです」


「事件ですね」


「事件です!」


 即答だった。


 ここまで必死なら、もう事件でいい。


「最後に会員証を見たのはいつです?」


「昨夜です。風呂上がりに財布に入れました」


「財布は?」


「あります」


「中は確認しました?」


「もちろん何度も」


 ムコが横から口を挟む。


「師匠、基本ですが」


「言うな」


「“ズボンの後ろポケット説”」


「言うな!」


 依頼人は慌ててポケットを探るが、当然ながら無い。


「ありません……!」


「ですよね」


「師匠、次は“コートの内ポケット説”」


「もう黙れ」


 俺は一度、深く息を吸った。


 どんなにしょーもない事件でも、探偵は探偵だ。


「昨夜、銭湯のあと、どこに寄りました?」


「コンビニです」


「何を買いました?」


「アイスを」


「何味です?」


「チョコミントです」


「師匠、怪しいですね」


「どこがだ」


「その後は?」


「家に帰って、そのまま寝ました」


 ここまで聞いて、俺は一つの可能性に辿り着いた。


「……会員証、溶けました?」


「溶けませんよ!」


「ですよね」

 ムコが真顔でメモを取っている。


 やめろ。そのメモ、後世に残る。


 俺は立ち上がった。


「依頼人さん」


「はい」


「これは……現場検証が必要です」


「現場?」


「スーパー銭湯です」


「師匠、それって……」


「入館料、払ってもらう」


「ですよね」


 依頼人は涙目で頷いた。


「お願いします……ゴールドに戻りたいんです……」


 こうして俺たちは、


 “消えたスーパー銭湯ゴールド会員証事件”


 という、探偵史に載らない事件の現場へ向かうことになった。


 この時点ではまだ、誰も知らない。


 この会員証が、

 とんでもなくどうでもいい真相を孕んでいることを。

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