名探偵コクボと、だいたいどうでもいい事件たち

イミハ

第1話 探偵はだいたいヒマで、弟子はだいたいうるさい


 名探偵という言葉から想像される人物像には、大体「頭が切れる」「クール」「無駄なことをしない」みたいな要素が含まれていると思う。


 残念ながら、そのどれにも当てはまらないのが――俺、探偵のコクボだ。


「師匠、今日も依頼ゼロですね!」


 事務所のドアを勢いよく開けて入ってきたのは、俺の弟子である少女、ムコ。


 なぜ弟子が少女なのか、なぜ探偵に弟子制度があるのか、なぜ俺が師匠と呼ばれているのか。

その全てに明確な理由はない。強いて言うなら、成り行きだ。


「ゼロじゃない。まだ来てないだけだ」


「それ、昨日も一昨日も言ってましたよね」


「探偵は待つのも仕事なんだ」


「じゃあ師匠、待ちすぎてホコリ被ってますよ」


 ムコはそう言いながら、俺の頭をハンディモップで軽く叩いた。


 やめろ。名探偵の頭を掃除用具扱いするな。


 この探偵事務所は、駅前から三本外れた路地の二階にある。


家賃が安い代わりに、人は来ない。

人が来ないから事件も来ない。


事件が来ないから金も来ない。つまり、詰んでいる。


「そういえば師匠」


「嫌な前振りだな」


「冷蔵庫に事件ありましたよ」


「事件じゃなくて当たりだろ」


「卵が三日前に期限切れてました」


「それはもう過去の事件だ」


 そんな会話をしていた、その時だった。


 ――コンコン。

 控えめすぎて存在感の薄いノック音。


 俺とムコは、同時に固まった。


「……今の、聞こえました?」


「聞こえた。幻聴じゃない。奇跡だ」


「事件ですかね?」


「事件だといいな。じゃないと今月死ぬ」


 俺がドアを開けると、そこに立っていたのは、スーツ姿の中年男性だった。

表情は硬く、目の下にはクマ。


いかにも「トラブル抱えてます」みたいな顔をしている。


「こちら、探偵事務所で……?」


「はい!名探偵コクボとその優秀な弟子ムコです!」


「余計な自己紹介を盛るな」


 男性は一瞬戸惑ったが、意を決したように口を開いた。


「……実は、消えたんです」


「何がです?」


「私の……大事なものが」


 来た。

 ようやく来た。


 ギャグかどうかはまだ分からないが、少なくとも事件っぽい匂いはする。


 ムコが俺の袖を引っ張り、小声で囁く。


「師匠、これって本編始まりのやつですよね?」


「ああ、多分な。ここから表紙裏のあらすじに載る」


「じゃあ私、可愛く振る舞った方がいいです?」


「もう手遅れだ」


 俺は咳払いを一つして、探偵らしい声を作った。


「――詳しい話を、聞かせてもらいましょう」

 こうして、

 ヒマすぎる探偵と、うるさすぎる弟子は、

 わりとどうでもよさそうで、実は面倒な事件に首を突っ込むことになる。


 この時の俺はまだ知らなかった。


 この事件が、

 俺の探偵人生で三本の指に入るくらい――

 めんどくさい事件になるということを。

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