6話 また明日

 ノートのページがめくられていく音だけが、再び耳の中に木霊する。

心は読めない。恐怖と僅かな期待が、頭の中を駆け巡っている。


「何なんですかね。心を読める力って」


そして再び響く、軛坂の朗らかな声。


「手放せるなら、手放したい?」

「いえ。それはそれで怖いので」

「同感。まあ生まれてずっとこんなんだし、付き合っていかなきゃね……」


会話はそこで途切れ、上の教室から吹奏楽部の演奏が流れ始めて来た。

軛坂の持つノートが閉じられ、彼女は静かに目を瞑る。

肩が、自然と張り上がる。何かを期待している自分がいた。上階の演奏は鳴り止まない。


「この小説、よく分かんないですね!」


だけど、期待には惜しくも届かなかった。


「……だよね。というか、さっきの今でよくそんな元気に言えるね」

「気遣いはされても、気の遣い方は分からないので!」

「映画見せてくれたのは、気遣いに思えたけど」

「あれは謝罪の付属物です!」

「おまけ扱いなんだ……」


視線を落とす私の顔を、彼女はそっと覗き込む。そして少し目を泳がせた後、静かに言った。


「ただこの小説に描かれているキャラクター同士の対立が、何というか。それぞれ人の心が読めているようなやり取りでスムーズ過ぎます。各々で完結してしまっている閉じられた世界のような。なのでそういう意味では改善の余地がある気がしますよ?」


僅かに胸が痛む。だけど、その正直な言葉はすんなりと私の心の中に染み込んでいった。あの軛坂が今度こそ彼女なりに気を遣ってくれたかもしれないのが、嬉しかったからかもしれない。


「……分かった。でもそっちの映画も、自分がやりたい事しかしてないでしょ」

「えへへ、やっぱりバレちゃいました?」

「さっきあんだけ落ち込んでたんだからもっと落ち込みなよ」

「いえ。物事はフラットに受け止めて行きたいので!」

「切り替え早すぎでしょ……」


心が全部明け透けで、だから心を読んでも意味が無い。それは、少し怖い。

だけど今は、彼女と話していて楽しい。


「認められなかった人同士か……」

「はい?」


きっと、今が楽しいと思えているのはお互い似ているからなのだろう。


「私、理解出来ない事と理解されない事が苦手なんだ。どうしたらいいか分からないから。だけど、今は軛坂の心が読めなくて良かったと思ってる」


初めて同じような人と純粋な会話が出来たような気がして、私は口ごもりながらそう言った。


「……でしょうね」


然しその少しの恥ずかしさの詰まった主張は、当然知っていたとばかりに肩をすくめられる。


「そういう所は!ほんとに辞めて!」

「でも、全部分かっちゃいますから仕方無いですよ」


こてんと首を傾げてそう悪びれもせずに言う彼女の態度を見て、はっと思い出し手を叩く。


「というかあんたの性格、何とかしてくれないと沙耶ちゃん助けられないんだけど。元々注意しろって言われてたんだし」


そういえば、私だけが良い想いをしても仕方無いのだ。

すると、途端に彼女の顔は青ざめていく。


「正論を封じられた私なんて何も話せないですよ?どうしたらいいんですか!」

「いや、軛坂は軛坂で常識無いのは普通に駄目だからね。沙耶ちゃんとかはガツンと言ってくれるけど、無視されるようになったら終わりだよ」

「む……。それは、応えますね」


額に細い指を当て、神妙な面持ちでぐるぐると歩き回る。


「軛坂があまり傷付かないように、何か……」


同じように私もぐるぐると教室を歩き、考えを巡らす。

私は、人を助けて心を満たしていた。

軛坂もまた、世界に正論をぶつける事で自分を満たしていたんだと思う。だから私が軛坂の正論の受け皿になってあげれば、解決する気がする。


互いに満たされず、認められない同級生同士で……。


「軛坂。私となんか作らない?ほら、お互い自分の作った物を見せられる人も部活にいないし」


さも昔からの友人との遊びの誘いのように、彼女の瞳を見つめ声をかける。


予測出来ない会話の先は、今は何故だか怖くない。それは軛坂がこんな性格だからなのか、心が読めない故に逆に気の遣い方が分からないからか。


だから今の私は、これまで距離を離していた軛坂ともう少し一緒にいたいと思った。

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心が読めちゃう私と心の読めないあの子 伊咲  @Jun1150

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