5話 心は怖い物

 放課後、軛坂は無言で私が一人になるのを待っていた。さっきまではあんなに騒がしかったのに、今はすっかり鳴りを潜めている。私も少し心につっかえがあるような気がして、さっき勉強を教えてあげた同じクラスの子から貰ったお菓子の味も感じられなかった。


「分かりませんでした。直接自分の作った物にそういう事を言われた事が無くて、言葉にされるとこんなに響くとは」


誰もいなくなった教室の中、ただでさえ静かな世界が、軛坂の声音が落ちていく事でもっと静かになっていく。


「いいよ……。別に」


人を落ち込ませる事は初めてだった。だから彼女から目を逸らしたくなり、そのまま教室のカーテンを全開に開く。窓の外の茜色の空。そこにうっすらと俯く軛坂の姿が映っている。

散々、彼女の事を嫌っていた。だけど軛坂は私と同じだ。あらゆる意味で、鏡映しで。


「軛坂。心、読めるんでしょ」


だから本音と嘘、きっと彼女はどちらの言葉も聞こえている。そう、思った。


「ええ。神崎さんだって、心を読めるって事も知ってます」

「……やっぱり。だから私に懐いて来たんだ」


私から思い切り顔を背け、軛坂はただ頷く。


「私は、とっくの昔に知っていたんです。自分に映画作りの才能が無い事も、先輩が心の底の本音を言わなかった事も。でも私はその嘘と本音が混じっている世界が生まれた時からずっと嫌いで、何で思っている事を言わないんだって気持ち悪くて。だから私だけは全部正直に言ってしまおうと思ったんです」


……確かに、二つの声が聞こえる世界は気がおかしくなってしまっても、おかしく無い。


「でも、そうしていたのはこうなるのが分かってたからなんですね。私、心が読めるせいで逆に皆さんの事が分からなかったんです。接し方とか、そういうのが。他人を通してしか話せないんです」

「他人を通して……?」

「いつも自分の話はあまりしませんでした。それはきっと、人の心が見えているせいで怖かったからだと思うんです。本音だけで、お話ししてみたかったから……」


長い髪の先を指でかきながら、申し訳無さそうに肩をすくめる。


「軛坂は、正直行き過ぎだと思うけど……。真っ直ぐだったんだ」


彼女の瞳の輝きを思い出す。嘘も何も無い、純粋でつぶらで、二重の音の世界の中で壊れた瞳。


「だから私、軛坂の心が見えなかった」


そもそも心の中の全てが、言葉として出ていたから。


「でも、ちゃんと心あるじゃん。めんどくさいよねこの力、何が理由でこうなったのも分かんないんだし」


だから自然と、私の手は鞄の中のノートを取り出していた。


「読んで、私の小説。軛坂の映画と同じくらい、訳分かんないって思われてるから」


償い、という訳では無い。理解出来ない人が苦手で、私は最初から軛坂の事を突き放していた。でも今の彼女になら、見て貰いたい。軛坂が私の恐怖心を和らげようと映画を見せてくれたのと同じで、自分だけが気を遣って貰っていた訳じゃ無いという事を伝えたかった。


それに理解出来なかった目の前の彼女と自分の姿が、どこか重なってしまったのだ。


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