3話 本質は一緒?

  そもそも軛坂とあんな関係になったのは沙耶ちゃんに頼まれた後、私が注意したら何故だか懐かれてしまったからだ。それがまさか心の証明にまで発展するとは予想外だ。


「その小説を見せてくれれば、私に心があると証明出来るかもしれませんけどね。私、結構物語が好きなので!泣かせたら勝ちですよ!」

「…嫌。そんな事するくらいなら沙耶ちゃんに見せてみるよ」


軛坂だって一応私と同じで何かを作っている立場なのに、どうしてあんなに考え方が違うんだろう。結局そんなやり取りを重ね、帰り道の途中にある二又路でそれぞれ別れた。それから私は何とも言えない気持ちと共に、小説の続きを書き上げてみた。

軛坂に自分の作った物を見せたく無いという謎のプライドと、理解出来ない人に見せる事への恐怖心が、心の奥から湧き上がっていた。心が読めるから、人から言われる事に覚悟出来る。読めないと、怖い。



 「面白かったよ、ありがと」


昼休み、そんな私の小説を最後まで読み終わった沙耶ちゃんが、にこやかにノートを返してくる。


「……うん」


だけど私はもう、知っていた。沙耶ちゃんが読んでくれている途中から、ずっと分かっていた。


「なんか、よく分からなかったなあ」


沙耶ちゃんから聞こえる心の声。いつも、人に見て貰うとこうだ。


私は自分が面白いと思った物を書いていた。だからきっと他の人が読んでも面白いと思って、自信過剰に人へと見せる。そしてそれは、結局自分だけ盛り上がっていつも終わる。今回もその例に漏れなかった。


「それって、なんでそう思ったの?」


自分の作った物はどうして受け入れられないのか、理解されないのか。


「なんで、か……。でも、話が面白いと思う理由って結構感覚的な物だし……」


嘘と同時に、心からの本音も聞こえる。


「分かりにくいというか、自分の世界だけになってるというか」

「……っ」


口の中で、歯を強く嚙み締める。

人の心が読めるのに、私は自分の心に響く物しか作れていない。ずっとそうだ。


「大丈夫?顔、ちょっと赤くなってる」


額にそっと、冷たい彼女の手が当てられる。


「うん、新聞部の人に記事の穴埋め頼まれてさ。読めるレベルなら大丈夫だよ」


心配そうな沙耶ちゃんの顔の前で、軽く手をぶんぶんと振る。


「その大丈夫じゃなくて、体調の方の心配だよ?ほら、季節外れの風邪とか」

「そっちも大丈夫……」


私が筆を折りかけていた理由。人にあまり見せようと思えなくなった理由は。

「こうなるからだよ、軛坂」

みんながみんな、自分に自信を持っている訳じゃない。だから私は気を遣うし、傷を減らす為に嘘を付く。満たされないまま、生活する。


「分からない」、「面白くない」、「作風が苦手」。

「良かった」、「才能あるね」、「多才だね」。

本音と心の声は一致しない。

全部私の力不足だという事は分かっている。だからこそ、その優しさは棘になる。


「神崎さーん!ちょっと付き合って貰って良いですか?」


背後から、溌溂としたいつもの声が聞こえてくる。だから私は軛坂の事が苦手だ。当然のように自分が受け入れられると思っているようなその態度が、昔の私とそっくりで。


「軛坂……」

「ちょっと、志乃は今ブルーな気分なの。邪魔しないでくれる?」


うんざりとした沙耶ちゃんをよそに、軛坂は私の制服の裾を少しつまみ座っていた椅子から立ち上がるよう促してきた。



 私が理解出来ないまま軛坂は、時折こちらへ振り返りながら早歩きで進んでいく。


「見て貰えましたか?自分の作った物って人に見せたくなりますよね!」


何故か羨ましそうな眼差しが私を捉える。そんな態度が少し、気に障った。


「やっぱり人に見せるのは怖いって事だけは分かったよ。私は、軛坂みたいな人間じゃないから」


ぶっきらぼうに履いている靴を見つめながらそう言い放つ。


「確かに、私は沙耶さんみたいな回りくどい人とかは嫌いですけど……。だからってそんなに心が強い訳じゃ無いですよ?」

「そんな事、知らないよ」


苛立っていたのか、私はとっくに彼女の前を歩いていた。慌てて足にブレーキをかけ振り返る。


「……神崎さん。私の映画、見てくれませんか?」


振り返った矢先にかけられた物は、相変わらず理解出来なかった。


「なんでそうなるのよ……」

「その、私が人に見て貰う事を勧めたせいでこうなった謝罪という訳ではありませんが……。そんなに怖く無いって思って欲しくて」

「だからって何でそうなるのよ…」


どう返せばいいのかも分からず、結局私は彼女に付いていく事にした。


やっぱり今日も軛坂の事は理解出来ない。予測が出来ない会話は苦手だ。

だけど私は見逃さなかった。軛坂が私を誘っている時、僅かに手が震えて見えたのを。

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