2話 自分の事しか

 今日も軛坂の事が理解出来なかった。きっと明日も理解出来ない。

あの後、軛坂は私が持っていたノートに興味を惹かれたみたいで何度か尋ねられたけど、私は答えなかった。それは軛坂に小説の情緒が理解出来なさそうだからなのと、単純に自分が人に認められる位の作品を書けていなかったからだ。


そんな事を思い返しながら、河川敷で沙耶ちゃんと座り私は彼女の横で自作小説の文字列を睨む。もう、気軽に小説を読んで欲しいと頼める人はいない。チャットで先輩に連絡でもすればいいだけだけど、私はそうまでする程の物を書けないと、とっくの昔に知っていた。


「……小説、結局誰にも面白いって思われなかったな」


心の中で、そう呟く。

心が読めるという事は、決して良い事ばかりでは無かった。

寧ろ心の本音と嘘の言葉、その乖離と優しさが却って私を傷付ける。


沙耶ちゃんは昔、私の小説を読んで言ってくれた。

「面白かったよ」と。でも、その裏には「よく分からなかった」という本音が付いてきた。それは部活の先輩だってそうだった。ずっと、その繰り返しだった。


でも、それは全部私の実力不足なだけの訳で。だから私は分かりやすく自分の心を満たす事が出来る人助けをしている。人を理解出来ないのも、人に理解されないのも、怖いから。


「志乃、そのノートいつも見てるよね。なんか大事な物?」


川の中に落ちている石をそれとなく暇潰しのように投げながら、夕陽に向かって彼女は尋ねる。


「大事というか。この前書いてた小説の続きだよ」

でも私がいつもノートを持ち歩いているのは、人にこうして聞いて貰いたいからだ。

「へー、継続って凄いね!今度また見せてよ」

「う……」


だけど少し、ノートを持つ手が震える。自分の作った世界を読んで貰いたくて、私は本を書き始めた。でもやっぱり私は怖い。気を遣わせて「面白い」と言って貰う事が、たまらなく。


「また今度とかに見せるよ。それより相談があったんじゃないの?」


だから話を、打ち切った。

すると沙耶ちゃんは少し唇を嚙みながら、その内容を話し始める。


「うん。実はクラスに好きな子がいてさ。去年からだったけど、そろそろ言った方が良いかなって。でも直接言っちゃえば、遠くに行っちゃう気がして。でも見ているだけなのも苦しいんだ」


訥々と苦い顔で取り繕われていく言葉と違ってその中にある本音は、

「後押ししてくれたら勇気出るから背中押して!」

ただそれだけだった。

女子高生は複雑だ。そんな事を考えていると……。



「そんなに悩んでるなら、さっさと告白すれば良いんじゃないですか?後押しが欲しいだけじゃないですか」


遠くから聞き覚えのある遠慮の欠片も無い朗らかな声が聞こえてきた。あの子は本当に……。軛坂は私達の姿を見るや否や、手を振りながら駆け寄って来る。


「確かにそうだけど、そういう話してないじゃん!直接的過ぎるんだよ軛坂は。だから人の心が無いとか言われてんの」

「私はストレートに言われた方が嬉しいですけどね。告白。同性だとしても」

「そんなもん分かってんのよ!誰だってそうだわ!だけどこう、なんかあるでしょ!」


珍しく沙耶ちゃんは声を荒げていた。軛坂の態度を注意しろという頼みは、沙耶ちゃんから寄越された物だった。正論が鼻に付くとの事で大変暴れていた。これ以上ヒートアップすると怖いから、私は沙耶ちゃんに手を振り、軛坂を遠ざける事にした。





 「……」


然しいざ軛坂と二人きりになって帰るとなれば、何を話せばいいか分からない。

心が読めないせいで、会話の最適解も先行きも予測出来ない。世界がやけに静かな気がする。


「神崎さん?」


明確に発される言葉だけが、耳に届く。


「何?」

「二人でいる時は、静かですね」

「まあ、軛坂への文句は沢山あるけど」

「口も、ちょっと悪くなりますよね」

「……」


再び静かな住宅街に革靴の音だけが響いていく。きっと私は怖いのだ。自分が理解出来ない存在の事が。だから、無意識に自分を守ろうとして口が悪くなる。


「小説、なんで見せなかったんですか?私が見ても良いですか?」


前屈みで彼女は私に近付き、そう尋ねてきた。


「それは嫌」

「ええ?どうしてですか?」

「どうせまともに見てくれないでしょ。軛坂に心が無いっていうのが本当なら、読んでも何も感じないだろうし」


ただでさえ否定され続けていたのに、茶化されるまで行きそうなのは本当にごめんだ。


「じゃあ逆になんで神崎さんは気を遣うんですか?宿題も見せますし、いつも人助けしてますし、見て欲しい物だって見せればいいのに。神崎さんも神崎さんですよ」

「……」


自分が気付いていないだけで態度に全て現れているのだろうか。沙耶ちゃんに、気を遣わせていないだろうか。


「私はいつも先輩に言って貰ってたんですよ。麻衣ちゃんの映画は個性的、だって。だから不当な評価をされるのが怖くて見せないのであればお任せください。審美眼、私にはありますから!」

「自信、あるんだね」


心が無いとまで言われているのに、自分への絶対的自信だけは。


「人に気を遣うのが苦手なので!だから神崎さんもそうすればいいと思うんです!」

「…やっぱ、軛坂の事は理解出来ない」


軛坂の主張には、根拠も何も存在していない。

ただ馬鹿みたいに真っ直ぐだ。それが「心が無い」と言われる所以のように思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る