心が読めちゃう私と心の読めないあの子

伊咲 

1話 理解の出来ないあの子

 私は自分が理解出来ない人が苦手だ。理解の範疇にいる人と話す事も、自分の事を理解してくれない事も苦手だ。常に会話の最適解を続けられないとどうすればいいか分からなくなる。だから私、神崎志乃は。幼い頃から持っていた人の心を読む力で、他人の中身を読み続ける事に決めたのだ。


窓の外で、うららかな春の風に当たり草木が揺れている。

そんな温かな風景を高校の校舎内から眺めながら、自分の教室までの道のりを歩く。とある筆を折りかけている小説の続きが書かれたノートを、文芸部の部室から持って帰りながら。


朝の廊下は心の本音と嘘の言葉、二重の音がいつも溢れている。

言葉ではカラオケに行くと言っているけど、本当はショッピングに行きたいと思っている友達と話す女子生徒とか、取り敢えずその場の流れに合わせようとだけしている男子グループの内の一人とか。


そういう人の心が、流れるように全て頭の中へと入ってくるのだ。


「志乃、おはよ。ごめん、後で一緒に課題しない?」


やっと現実で発された声が聞こえる。

正面からポニーテールを揺らしつつ、同級生の沙耶ちゃんが走って来た。


「うん、おはよう」


瞬間、沙耶ちゃんの心の声が風に乗って頭に流れて来る。

「課題やっても分かんないし、全部見せて貰おう」、なんて声が。


「沙耶ちゃん、何だったらもう全部見せたげようか?」


だから私は彼女にそう言って薄く微笑む。


「志乃凄い!なんで全然やってないの分かっちゃったの?」

「別に、たまたまだよ」


本音と嘘がどちらも聞こえると、こういう時に気を遣った事を言えるから気持ち良い。

「またまたー、いつも助かってます」


かけて欲しい言葉、期待されている返答、頼みたい事。

人が言いたい事やしたい事が、私には全て分かる。だから気を配って、常に最適解を導き出す。そのおかげで私は一躍クラスの人気者であり委員長だ。それらしい人助けで、自分の心の中を満たす日々を送り続けている。


「神崎さん!文芸部、神崎さん一人になっちゃったって本当ですか?」


そして沙耶ちゃんを見送った後、次に背後から声を投げかけて来たのは、私が高校で唯一理解出来ない子だった。


「……そういうの、笑顔で言う物じゃないと思うけど」


無遠慮でいつも唐突。小柄な身体とつぶらな瞳、清楚さのあるストレートの黒髪で誤魔化す事は出来ない悪辣さ。


軛坂麻衣。

唯一、心を読む事が出来ない。理解出来ない、同級生。

高校二年のクラス替えで初めて同じ組になった彼女は、誰かと話す度にその誰かから距離を開けられ続けているらしい不思議な子だった。その割に当人は全くどうでもいった風だから厄介な子だと思って、距離を置いていた。


「軛坂の所の映画部だって、あなた一人だけになったんでしょ?」


目にかかりかけている髪をかき上げながら、軛坂は私の横に並び歩く。

私が在籍していた文芸部は、もう私一人になってしまった。それは彼女の方も同じで、何故だか私達以降の代にそういう趣味を持っていた人が少なかったのだ。


「そうなんですよね!三年生は卒業しちゃいましたし、同級生も後輩もいませんし」

「はあ……。その割には落ち込んで無いよね」


彼女の心の音を聞こうとしても、それはただの空洞。普通の人からは二種類の音が聞こえるけど、軛坂にその常識は通用しない。


「物事は、何事もフラットに受け取るべきだと思うんです。色々考えても仕方ありませんよ」

「じゃあ、あの頼みは何なの?」


私は彼女に頼まれた。

「自分に人の心が在ると証明して欲しい」と。


全く理解出来ない頼みで怪訝な面持ちになったのを覚えている。


「最近みんなの眼が厳しいんですよね。神崎さんだって私の態度、注意しろって友達に言われたんでしょう?」

「そうだね。よく軛坂みたいなのを飼いならせたと思うよ、先輩方は」

「はい!自慢の先輩です」


青筋を立てかける額を指で抑える。理解不能さから目を逸らしたくなった。


「確かに、心が無いって言われるのも頷けるな……」


というか実際、彼女の心を読む事は出来なかったし。

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