株式会社KWSステーションは、不思議で満ちています

ともはっと

 株式会社KWSステーションの我が部署は、今日も取締役兼部長の下、一致団結して頑張っていた。


 そんな頑張りが認められ、私こと水科 迅は、この度、昇格した。

 え、何に昇格って? いや、課長の上だから次長に決まってるじゃないか。部長の秘書とかでもない。ちゃんと会社の次長職に昇格だ。もっとも、秘書的なことは、課長としてこの部署に配属されてからずっとやっている気がするけどな。


「水科秘書、昇格おめでとうございます」

「秘書長、ついに部長をこの部署から追い出す前準備ができるようになりましたね、応援してます!」

「あー、水科秘書長。あなたがこの部署を率いてくれるのを、本当に楽しみにしている。あの部長なんて比べ物にならないほど優秀だから、君は。本当に、君がいなかったらこの部署はどうなっていたことか。誇っていいぞ、君は、この会社にいなくてはならない人材だ!」


 同部署の課員たちの激励がうれしい。いいお祝いである。

 だけどあえて言うなら、私は部長の秘書ではないんだがね?

 いやまあ、そりゃあねぇ……? いつもどこ行くかわからないけどなんとか聞き取って想像してレンタカーとったりしてるよ? 何時からかもわからなければ、いつとればいいかももちろんわからないけどさ。あれを理解できる能力を得てしまった自分が憎い。部長だけにしか適用できないんだから。


 巷では、部長に取り入ったからすぐに昇格したんだ、なんて陰口叩かれていることも知っている。だけども、この部署の課員たちや同期の静君だったりがそれを訂正してくれているらしい。

 まあ、あれだよ。その陰口叩いているやつらに、部長のお世話させてみたらいいんだよね。そしたらどれだけ大変かわかるってもんだ。


 先日も、変なこと言って去っていったんだぜ?


「迅くん。聞いてくれよ」

「聞きたくないです。とっとと外回りという行きつけのコンカフェで楽しんできてください」


 なんですか、部長! なんか大変なことでも起きたんですか、ぜひ聞きたいですっ! 部長の話って夢みたいな話でいつも面白いんですよっ! よくあんな不思議な体験できますねっ、今日も楽しませてくださいっ!


 と、いつもながらの太鼓持ち。心の声は胸にしまっておかないと。暴言はいてるからな私。


「先日、カワウソが脱走してね」

「え? カワウソ、ですか?」


 あぁ? 何言ってんだこいつ。また夢の話かよ。夢の話はいい加減聞き飽きたよ、部長。


 と、思わず心の声と表の声が逆になるほど驚いた。


 なにがって。

 カワウソって、一般家庭で育てても問題ないんだ。って。あ。一般家庭で育てたらだめだから脱走されたのか。いや、この人なにやってんの!?


「まあ、そのカワウソは、しっかりと捕獲して、今は戻ってきてるんだけどね」

「脱走したから悲しいって話じゃないんかいっ」


 あ、戻ってきたんですね。それはよかったですね、部長。


「まあ……一昨日、亡くなったんだけどもさ」

「えーと……それは、お悔やみ申し上げます」


 さすがに、いくら夢の話を毎日のようにされて辟易している私も、心の声と表の声は一緒になるわそれ。

 部長も悲しいときだってあるんだろうな、コンカフェで一番親しくしていたスタッフさんが挨拶なしに辞めてたって言ってたときより悲しそうな顔しているし。





 ……で。

 それだけ言ったら去っていったんだけど。

 これ、私はどう処理したらいいわけ? ただ飼っていたカワウソが亡くなって悲しいって話されてそのまま放置、だぜ?








「――みんな、ありがとう。これからも頑張るよ。部長の秘書の仕事じゃなくて、この部署の次長の仕事をね?」



 次長――。

 その肩書きが自分のものになった実感は、まだ薄い。だけども、周囲の祝福の言葉を聞くたびに、少しずつ胸の奥が温かくなるのを感じていた。



 ……その温かさを、氷点下まで下げる人物が、私のデスクに影を落とした。



「迅くん。ついに来たねぇ……君の時代が」


 取締役兼部長。

 その声を聞いた瞬間、周囲の部員たちは蜘蛛の子を散らすように席を立った。

 おい、待て。せめて一人くらい残ってくれ。


 私を助けてくれる人、募集してますよーっ


「いやぁ、君が次長になってくれて本当に嬉しいよ。これでようやく、俺の後継者としての準備が整ったわけだ」

「……後継者、ですか?」


 言いながら、部長は妙に意味深な笑みを浮かべる。

 まあ、次長の次は部長なんだから、そりゃ確かに後継者でもあるのか? この部署を引き継ぎするとかそういう話か?


「君は優秀だ。これからのこの会社を背負っていける人材だと俺は確信しているよ」

「部長にそう言ってもらえるのは嬉しいような嬉しくないような?」

「そうだ。迅くん。そんな迅くんの昇格祝いを用意させてもらったんだ」

「え」

「会社からの正式な贈り物だから安心してくれたまえ」


 そう言って、小さな包みを渡される。


「そういえば迅くん、先日話したこと、覚えているかな?」

「先日……? どの夢の話ですか?」

「カワウソの話だよ」


 あ。夢っていっても否定しなかったなこの人。――って、私、結構失礼なこと言ってるけど、いつもそこはツッコミ入れてこないけど話聞いてるのかこの人。


「俺の家から逃げちゃって、そのあと亡くなっちゃったカワウソの話だよ」

「ああー。……覚えてますよ」


 さっき思い出してたからね。結構鮮明に覚えてる。

 部長は「覚えていたか、優秀だな君は」と言いつつぽんぽんっと肩を叩いてきた。なんだか叩かれている肩に白い粉がつくんだが、これなんだ???


 ついでに、なんか変な箱もおいていく。

 これはさっきもらった祝いの包みとは別の贈り物か? なんか檜っぽい箱で、ちょっと豪勢な感じがする。課長の時にもらえなかったけど、次長になるとこんなのももらえるんだな。


「あ、あの話で聞きたかったんですよ。カワウソって、自宅で飼育していいんですか? 結構大変って聞きましたけど」

「ああ、いいんだよ。俺の殻の中では」


 殻?

 相変わらず何言ってるかわからんなこの人。

 あ。っていうか今普通に会話してなかったかこの人。普通に会話したの久しぶりかもしれない。


「カワウソは、戻ってくるからね。君の昇格にあわせて。新しい殻も必要だ」


 そういうと、部長は明日の夕方時間を空けておくようにと言ってコンカフェという名の外回りに向かった。


「……なんだったんだ?」


 いつもの不思議を通り越した夢の話はこの際どうでもいいか。と気を取り直し、もらった包みを開いてみる。

 なんだかお年玉みたいな封筒のその包み。子供のころを思い出してしまう。明らかに金一封であるそれには一体どれだけの金額が入っているのだろう。それなりの金額だったら静君を誘ってちょっといいバーにでも行ってみようかな。ふぅっ! 捗るぜぇぇっ


「……なんだこれ?」




          【呪】




 そう書いてある紙が、中に入っていた。

 黒い紙に白い筆文字で書かれている。達筆だな、とか思えばいいのだろうか。ちょっとその黒い紙も、どことなく、ふわふわとした柔らかさを感じる。高級な紙なのか? ちょっと動物の皮っぽくも思えなくもない。


 祝いの品、だよな?

 なんで『しめす偏』じゃなくて『くち偏』なんだよ。


 そう思っていると、先ほど部長が言っていたことを思い出してしまう。


<カワウソは、戻ってくるからね。君の昇格にあわせて。新しい殻も必要だ>


 ぶるりと、寒気を感じた。

 思わず、先ほど部長に触られた肩を見てしまう。そこにはまだ白い粉が残っている。気持ち悪くてすぐに払うが、その粉が私の体に染みついているようにも思えて怖くなる。


「お祝い、だよな……?」


 思わず、先ほど思ったことを口に出してしまう。

 私の目には、部長が置いていった檜の箱が映っている。


 少し震える手で、その箱を自分の前に持ってきた。

 厳重に四方を白い小さくてよく見えない文字が書かれたテープで封がされたそれを、外してゆっくりと蓋を開ける。


 そこにあるのは、白い、粉だ。


 先日、部長の席にも置いてあった、白い粉である。

 卵の殻だったはず。

 そうだったはずだ。


「卵の……殻?」


<ああ、いいんだよ。俺の殻の中では>

<カワウソは、戻ってくるからね。君の昇格にあわせて。新しい殻も必要だ>



「殻……?」



 何か、儀式めいたなにかをされた。

 そう思わざるをえなくて。明日なんで時間を空けるように言われたのか、私の心を、恐怖が支配した。


















 静君に慰めてもらえなかった私は、家に帰ると、まとわりつく粉を払うかのようにすぐさまシャワーを浴びることにした。

 静君とシャワー一緒に浴びれたらよかったのに、なんて思うと意外と捗れそうだったのでそれを自分へのお祝いとすることにした。



 次の日に部長にお呼ばれしていたなんてこともすっかり忘れて――

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