第4章 選ぶということ 第1話 立ち止まる

 ――今までと変わらず、隣にいられたら


 そんな綾瀬の、昨日の言葉が頭に浮かぶ。

 光流は、弁当を手に持ち、少しの間目を伏せると放射線科のスタッフルームに向かった。


 ひとり隅に座り、光流は黙って箸を動かした。テレビの音が小さく響いている。画面の内容は頭に入ってこなかった。


 午後はポータブルの担当だった。


 オーダーに沿って、病棟を行き来する。淡々と仕事をこなすだけのはずなのに、エレベーターを降りた瞬間、胸の奥がわずかに固くなる。


 綾瀬だった。

 同じ病棟で、ペアを組むことになったらしい。

 カートを押す綾瀬は、いつもと変わらない。無駄のない動き、業務用の声。撮影位置の確認も、患者への声かけも、すべてが「普段通り」だった。

 光流は、ほんの少しだけ肩に力が入っているのを自覚しながら、手元の操作に集中した。

 仕事だ。そう言い聞かせる必要があること自体が、すでに普段とは違っている。


 撮影を終え、機材を片付ける。

 光流が先に廊下へ出た、そのときだった。


「……お疲れさまでした」


 一拍遅れて、綾瀬の声がかかる。

 振り返ると、綾瀬は立ち止まったまま、こちらを見ていた。

 ほんの一瞬、視線が長い。業務中には見せない、やわらかい笑みがそこにあった。

 ——ああ。

 言葉にはならないけれど、理由はわかってしまう。

 一緒にいられたことが、ただ嬉しかったのだと。

「……綾瀬くんも」

 光流はそれだけ返して、視線を外し、歩き出した。

 胸の奥に残る温度を、光流は静かに見つめ返した。



 放射線科に戻ると、不破が端末から顔を上げた。

「おう。オーダーだと、あと何件だ」

「あと三件ですね」

 答えた瞬間、不破が小さく笑う。

「頑張れよ」

 それだけ言って、すぐに自分の作業に戻っていった。

 引き留めもしない。探るような視線もない。

 なのに。

 自分の鼓動が一拍、速くなったのを感じてしまった。

 呼吸のタイミングが、わずかにずれる。

 ——あ。

 光流は、そのまま立ち尽くした。

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