カウントと同時に走り出した。


 あ、だれかこけた。ドジな人もいるもんだな。


 密集すると蹴とばされそうで危ない。なるべく離れて走ろう。ペースにも飲まれたくない。


 ゴールまでの道はほぼほぼ一本道となっている。この間にもだれかは轢き殺されてドライバーのポイントとして蓄積されている。


 政治的思想的宗教歴史的地域的危険有色人種ほどポイントが大きく振り分けられている。老人、女、子どもは次に。主催者感情ポイントがその次。とどのつまりデブと根暗と既婚者である。

 主催者はそうとうなマッスルガリマッチョと見える。筋肉増強剤と精力剤の見分けがつかない連中だ。納得である。


(面と向かって言えない私も大概か)


 ダメだ。息が上がる。


 デスレースのうわさを聞いてからそれなりに鍛えたつもりだが、見込みが甘かった。


 路地に飛び込んで、息を整える。


(はやく流れに戻らないと……)


 思い、とどまった。


 逸る気持ちは死と同義。落ち着け。私。


 一呼吸おいて空気を見る。


 人の波が落ち着いた。中心地に到達するにはまだ距離と時間がある。駅伝みたくペースを維持してゆくしかない。


 先客がいた。

 

 よく視たらスタートダッシュでこけた女子だ。


 うずくまって、動かない。


「行かないの? 死ぬよ? 君」


「いわれなくたって……知ってるよ」


 目線も合わせんやつとは。失礼な。


「あそ」


 鈍足に付き合う暇が惜しい。


「なんであんた走るの?」


 ならまずお前から名乗れ。


「あたしサクラ」


「……オクソラ」


 足を止めてしまった。


「生活が苦しいの?」


「それもあるけど」


 エンジン音がかすかに聞こえる。トラックの、ディーゼル?


「結構歳近い? 同じ高校かもね」


 なんだこいつ。こんなレースに参加するのだから、見当がついて当たり前だろうが。いささか気分が悪い。もっとこう、なにかしら聞くだろう。聞くテーマの矛先が。


「あたしアイドルになりたいんだ。んでここの存在を暴露して印税稼いでやるんだ」


「規約違反でしょ。告発は」


「悪は罰して当然。私には参加者という以前に人としての権利がある」


 地上も似たり寄ったりのようなものだと思うが。


「ねぇ、オクソラ。いまフリー?」


「……だとしたらなに」


「組まない? どっちが死んでも恨みっこなしってことで」

 

 つまり、どちらかが生き残るために肉壁になるというコトか。


「お互いの不安を預けて心理的に負担を減らそうって魂胆なんだけど、乗らない?」


「――ごめんけど、


 劈く方向に眼を向けた。


 フェンスの向こうに眼が、ある。

 大きさからして多分旧いアメリカントラック。

 トルクが弱いのか、だいぶゆったりと動き出した。

 火花を散らして、フロントにこさえた出来の悪いチェンソ―をぶん回している。

 私はとっさに、本当に咄嗟に何かをつかんで路地から飛び出した。

 私は自分の意思決定を疑った。

「……ッ。サクラとか言ったな」

「っ! アタシ、サクラ・イトウ! よろしく相棒!」

 調子いいこと言ってるとぶっ飛ばすぞ。

「へましたら置いていく」


 後ろを一瞬見る。


 にょっきりと長い鋼鉄の鼻が見えた。その巨体じゃ今すぐには旋回できない。猶予はある。


「へっ! つっかえてやんの! だっせー」

 無駄口叩かずに足を動かしてほしい。


 追いつかれる。


 ほら、レンガの壁を破って私たちを殺しに来ているよ。


 私は手を離した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

平凡な私が目を覚ましたら地下施設で殺し合いのレースに参加した件について さばよみ @sabayomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画