第22話 ダグラスがいる

 薄暗い部屋、鳥籠の中でむくりと起き上がるとドアの方から話し声が聞こえた。


「アルバーノ様が、ルーファス様に確認したいことがあるのだとおっしゃっていまして」

「今から? 明日の朝じゃダメかな。シャノンももう眠っているし」

「至急お話があるとのことです。シャノン様をお一人にするのが心配でしたら、私が付いていましょうか?」

「いや、それは……」


 シャノンは自分なら目が覚めたので大丈夫だとルーファスに声を掛けようとしたのだが。


「シャノン」

「っ!?」

 気が付くとあの黒い闇が鳥籠の周りをぐるぐる渦巻いている。


「おいで、シャノン。僕のフィアンセ」

「この声は……マスターなんですか?」

「ああ、そうだ。僕のもとへ来なさい」

 マスターが呼んでいる。けれどシャノンの身体は、彼の方へは動かなかった。


「わたしは、あなたのもとにはいけません」


 蠢いていた闇がピタリと動きを止め、部屋は重い雰囲気のまま静まり返る。


「……ぜだ」

 呻くように低い声がした。


「なぜだ、シャノン! なぜ、僕の言うことを聞かない!」

「きゃあ!?」


 突如、闇が竜巻のように暴れ出し部屋中のものをひっくり返す。

 まるで癇癪を起こし暴れているようだ。


「マスター、落ち着いてください、わたしはっ」

 こんな原型もない闇が本物のマスターのわけがない。そう思うのに闇の声はダグラスそのもので、シャノンはどうしても無視ができなかった。


「ええい、黙れ! お前はいつもそうだ、いつもそうやって僕を選ばない! 僕は、永遠に共にいるためにお前を作ったと言うのに!!」

「マスター?」

「お前の愛した男はもういないぞ! 次はあいつか。アイツヲケシテシマエバ」


「いやっ、マスター、やめてください!」

 竜巻に巻き込まれ、鳥籠ごと浮き上がりぐるぐると回され壁に何度も叩きつけられる。


「ハカイシテヤル、スベテスベテ、ボクハ」


「シャノン!」


 ルシールと話をするため廊下に出ていたルーファスが、中の異変に気付き部屋に飛び込んで来た。そして異様な状況を見て眉を顰める。


「危ないです。入ってきちゃだめ!」

 叫んだけれどルーファスはそんなシャノンの言葉は聞かずに、懐から取り出した瓶の蓋を開けた。


「鎮まれ!」

 そして部屋にまかれたのは、あの店で買っていた聖水だ。


「グアアァアアアァアッ」


 マスターの呻き声にシャノンは堪らなくなり耳を塞いだ。

 聖水が光を放つと部屋の異変はすぐに鎮まったが最後の強風にシャノンの入った鳥籠は吹っ飛ばされ、開けっ放しのドアから廊下の壁に叩きつけられ床を転がる。


「まあ、シャノン様!?」

 それを見つけ駆け寄ってきたのはルシールだった。

 壊れた鳥籠の入り口から這い出してきたシャノンを、優しく掌の上に乗せてくれた。


「大丈夫ですか、お怪我は?」

「だ、大丈夫です。お騒がせしました」

 心配させて申し訳ないが自分は人形なので壊れることはあっても怪我はしない、とは言えない。


「そうですか。よかったわ、大事な花嫁様がお怪我をなさったら……あの方が悲しみますもの」

「ルシールさん?」

 なぜかルシールの抑揚のない声音は嫌な感じがした。


「シャノンを放せ」

「あら、動かないで。この方がどうなってもいいの?」

 ルシールはこちらに駆け寄ろうとしたルーファスに向かって、シャノンを人質にニッコリと微笑む。

 ルーファスは舌打ちをして足を止めた。


「ふふ、この娘は元々あの方の物ですわ。返してもらわなくてはね」


 ルシールは太腿に隠し持っていたナイフを鞘から取り、ルーファスに向ける。

 そして飛び退こうとしたルーファスに向かって「無事に返してほしければ動くな」と、シャノンの身体を握りつぶしながら命じた。


「ルーファス!」

 自分は所詮人形だ。握りつぶされようと痛みなどない。身体が壊れるだけだ。

 だから気にしなくてよかったのに……ルーファスは人質のシャノンを見て飛んできたナイフを避けるのを躊躇した。


「ぐっ……」

 それは一瞬の迷いだったのだろう。けれど、その一瞬の間に思いきり彼の太腿にナイフが刺さり、地面にぽつぽつと紅い染みができる。


「ふはははは、さあ行くわよ。花嫁様」

 ルシールは高笑いをして窓から外に飛び出そうとする。ここは三階だというのに。


「行かせるか!」

 しかし油断をしてルーファスに背中を見せたのがいけなかった。ルシールの背中に向かって、ルーファスも自分のナイフを投げつける。


「ぎゃあああぁあぁっ!」

 ルシールは悲鳴をあげると……。

「っ!?」

 身体が閃光して姿を変える。その姿とは、何度もシャノンを襲ってきたあの鷹だった。


「――――」

 血を流したまま飛び立った鷹に向かってルーファスが詠唱する。

 攫われかけたシャノンは、優しい風に包み込まれ彼の元まで連れ戻された。


「ルーファス、血がっ」

「久々にまずったな」


 苦笑いを浮べる彼の顔色は真っ青だった。

 いつも飄々としている彼とはまるで別人のようで、ルーファスはそのまま弱々しく床に倒れこむ。


「聞くんだ、シャノン……」

「ルーファス、しゃべっちゃだめ。今、お医者さんを呼んできますから」

「待て、聞いてくれ。この、屋敷に……ダグラス、が、いる」

「えっ」


「さっき、内々でやり取りしていた身内からの連絡が来て――ダグラスの――」


 途切れ途切れ聞き取れない彼の言葉に必死で耳を傾けたけれど、結局肝心な部分は聞き逃してしまった。


「……ルーファス?」

 そして彼は床に倒れたまま目を閉じ、動かなくなった。


「ルーファス! 目を開けて。ルーファスー!!」

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