四章
第23話 目覚めないルーファス
あれから夜が明けても、ルーファスが目覚めることはなかった。
部屋に運ばれた彼は熱にうなされ、ぐったりとしている。
医者には傷の深さや出血量も心配だが、それよりも刺されたナイフに仕込まれていた毒のせいで目が覚めないのだろうと言われた。
何度も枕元で名前を呼ぶけれど、目を開けてくれることのないまま何時間が過ぎただろうか。
(毒には耐性があるって言っていたのに、そんなルーファスでも堪えられない猛毒でやられたんだ……)
自分を庇ったばかりにと思えば思うほど胸が苦しい。
「命を無駄にしちゃだめよ、ルーファス」
自分はただの人形だ。砕けたって痛くもない。そんな自分を庇う必要なかったのに。
コンコンコンッ
ドアがノックされる音がしたが、シャノンは返事をするか迷った。
この屋敷の中は敵だらけなのだと思い知らされたばかりだ。屋敷の管理人が消えたルシールの所在を調査するとは言っていたけれど、それも信用できない。
この人以外、信用しちゃだめだと思った。
コンコンコンッ
もう一度ノックされ「起きていますか?」と聞こえて来たのは、アルバーノの声だった。
正直会うのは危険すぎる。
だって彼の命令でルシールは夜ルーファスを連れ出しに来ていたようだったし……。
(でも、昨日の夜、ルーファスを呼び出してなにを話すつもりだったのか、探るチャンスかもしれない)
危険な真似はするなとルーファスに怒られそうだが、次にどこからなにを仕掛けられるか分かったものじゃないのも事実だ。
部屋に籠っていたって安全じゃないことは、身をもって思い知った。ならば。
「どうぞ」
招き入れるといつも通り身なりのきちんとした彼が、平然とした面持ちで入ってきた。
「なにか御用ですか?」
「詳しいことは知りませんが、昨夜貴女方が大変な目に遭ったと聞きましてね」
白々しい嘘なのか、本当になにも知らないのか、注意深くアルバーノの表情を窺ってみたが彼はポーカーフェイスが上手そうだ。
「わたしは、アルバーノさんに指示されて呼びに来たメイドとルーファスが話しているのを見ています。それでもあなたは、なにも知らないとおっしゃるのですか?」
真っ直ぐに質問をぶつけると、アルバーノは「おや?」とでも言いたげに首を傾げた。
「私は昨日の夜、私用で街に出ていましたので、彼を呼んだ覚えはありませんが」
嘘か、本当か。そう言われるとシャノンが聞いたのは、ルシールの言葉だけでなんとも言えない。
それが本当なら、ルシールは誰の指示で動いていたのか。それから意識を失う前にルーファスが言っていた言葉も気になる。
――この、屋敷に……ダグラス、が、いる。
(このお屋敷にマスターがいるだなんて……そんなこと本当にあるの?)
枕元から見つめた彼の額に汗が滲んでいるのに気付き、シャノンは布で懸命にそれを拭った。
「毒のせいですか」
「はい、城にある解毒剤を貰ったのですが、あまり効き目がないようで」
「そうでしょうね。このままでは、貴女たち近いうちにここを追い出されてしまいますよ」
予想外の言葉に驚いたシャノンを、アルバーノは冷たい眼差しで見下ろしていた。
「貴女は不死鳥の加護を受けた娘のはず」
「っ!?」
「それなのに、王となるはずの彼の傷を癒すことができないのですか?」
「そ、それは……」
「それは、貴女が偽者だからか。はたまた、貴女は本物だが彼が偽者の王だからなのか。どちらにしろ、偽者を本物と偽って連れて来た彼は、ここには置いてもらえないでしょう」
こんな状態の彼を追い出すなんてひどいとは思ったが、誰を責めることもできない。
彼が嘘を吐いたのは紛れもない事実だ。
「確かに、わたしは無力な娘かもしれません。けれど、彼は本物です。だから、彼だけは追い出さないでください」
本当は悪い魔法使いの術で小さくなってしまっているから、自分は治そうにも力が使えないとでも言うべきだったのかもしれない。けれどそんな嘘、アルバーノにはすぐに見抜かれてしまう気がした。全てを見透かすような目を、彼はよくしているから。
「それを私に言われましても、今の私にはそんな権力ありませんよ」
「あ……」
その通りだ。誰も頼れない。今、ルーファスを守ってあげられるのは自分しかしないのに。
「なにを企んでいるのか知りませんが、ここは危険だ。力のないものは去りなさい」
容赦なくそう告げアルバーノは部屋を出て行ってしまった。
どうしよう。追い出される。不安で押し潰されそうになったけれど、そんな思いで打ちひしがれている場合じゃないと気持ちを立て直す。
「アルバーノさんの言うとおり、わたしが治してあげられたらよかったのに」
代わってあげられるなら、代わってあげたいと心から願った。
願ったところで、どうしようもないことぐらい分かっているけれど。
「とにかく、このままじゃだめ。まずは、もっとよく効く解毒剤を入手しなくちゃ」
魔法は使えなくても、彼の身体を治してあげられる方法は他にもある。
ルーファスが教えてくれた、森に生えている薬草には解毒作用があるものや傷に効くものもあった。
それを昨日の店で知り合ったお姉さんに調合してもらえば、と望みをかける。
しかし、それには少々の問題もあった。
「どうやって、森まで行って城下町に出れば……」
小さなこの身が不甲斐ない。本当に自分は、なにも出来ないお人形だ。
――もし……本当にオマエがピンチで、オレでも助けてあげられないような状況に陥った時は、その中の星を食べてみるといい。
ルーファスに言われた砂時計の中の星に目がいく。
これはルーファスの言っていた緊急事態に価するだろうか。
この星を食べたらなにが起こるのかさえ分からないので恐怖もあった。それから人形の自分が飲んでも効果が得られるものなのか。
しかし迷いつつ形振り構っていられなくて、シャノンは勢いで取り出した金色の星を飲み込んだ。
「んっ!?」
その瞬間、身体が閃光して驚いたシャノンはその場に倒れる。
多分意識が飛んだのは一瞬だったのだと思う。
星を飲み込んだ瞬間にひっくり返った砂時計の砂は、まだ落ち始めたばかりだ。
「あ、れ?」
ぼんやりと砂時計を眺め、シャノンは不思議な出来事に首を傾げながらそれを手にした。
「小さい」
両手で抱えて持ち上げていた砂時計が、いつの間にか小さくなっていた。
それだけじゃない。視線が高くて全ての家具が巨大じゃなくて、そしてなにより自分が入っていた鳥籠を片手で持ち上げられる。
「わたし……大きくなってる」
鏡台の鏡を覗き込んでみる。自分が普通の人間の女の子と同じ大きさになっていることに感動を覚えた。
「すごい、あのお星様にこんな力があったなんて」
身体が大きくなっただけで、なんだかなんでもできるようになった気がした。
「そうだ、今すぐ薬草を探してお姉さんに調合してもらわなくちゃ」
陰謀渦巻く城の薬は当てにできないし、この手でルーファスを救いたかった。
「待ってて、すぐに戻ってくるから」
そっと彼の頬を撫で、シャノンは部屋を飛び出したのだった。
失われた王と鳥籠の中の花嫁 桜月ことは @s_motiko21
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