第18話 刺客

 そして部屋の外に出て夕暮れ時の中庭へ向かう途中、シャノンは先程の出来事をルーファスに伝えた。


「黒い霧からダグラスの声が?」

「でも、マスターはわたしのことを花嫁と呼んできて……」

「花嫁、ね……」

 中庭に着くとベンチに腰を掛けルーファスは顎に手を当て唸る。


「本当にただの夢とは限らないかもな」

「……はい」

 ルーファスも黒い霧を見たなら、あれは現実だったのかもしれない。


「とりあえず、その黒い霧がよくないものだということは確かだ」

 ルーファスはあの鳥籠に負の力を弾く術を掛けていたのだと言う。

 それに弾かれたあの闇が、よくないものだということは明らかだと。


「思っていたより厄介そうだ」

 ぼそりとルーファスが呟いた言葉に不安を覚えシャノンがポケットの中から彼の顔を見上げると、ルーファスはなんてことないように微笑んだ。


「心配しなくても大丈夫。少し城下町に出掛けよう」

 もうすぐ日が暮れ夕食の時間になるのだが、ルーファスはすぐがいいと立ち上がる。


「敵を迎え撃つのに、無防備ってわけにもいかないしな」

「もしかして戦いでも始めるつもり?」

「それは向こう次第だ。けど、いざという時今のままじゃ分が悪い」


 シャノンは敵の全貌も分からないまま、ただただ不安なだけだけれど、ルーファスにはその先にあるものが分かっているのだろうか。


「わたし……ルーファスを信じる」

 あなたと共に偽者の王を暴きたい!

 そんな決意表明の言葉をルーファスが汲み取ってくれたのかどうかは、分からないけれど。


「ああ、行こう相棒」

 花嫁と呼ばれるより、相棒という響きが嬉しくてシャノンは顔を綻ばせ頷いたのだった。



◇◇◇◇◇



「馬車を頼まなくてもいいんですか?」

「どこに敵が潜んでいるかわからない。こういう時はできるだけ内密に動くべきだ」

 日も暮れ始め薄暗くなってきた林の小道を歩く。

 城下町に着くのは夜になってしまいそうだけれど、それはそれでいいと彼は言う。


「夕食にも毒が仕込まれているかもしれないし外食にしようと思う。オレもこの世の全ての毒に耐性があるわけではないからな」

 冗談めかして言っているけれど、もしルーファスが耐性のない毒を飲んでしまったらと思うと、シャノンは恐怖を覚えた。


「ところでなんでルーファスは毒に耐性があるの?」

「えっ……普通の人間なら大抵あるだろ」

「いくら人形のわたしでも、それはないって分かります」

 昼間もルーファスは普通の人より薬草に対して知識があると感じていた。


「だから……育ってきた環境のせいだって」

 複雑な表情のまま口を開いたルーファスだったが、突然目を細めピンッと張り詰めた空気が辺りを包む。

 なにかあるのかとシャノンもじっとしたまま身を硬くした。


「つけられてる」

「えっ」

「後ろに二人、木の上から一人」


 もう薄暗くなっていたし、足音も物音もしていなくてシャノンではまったく分からない気配だったが、ルーファスの言ったことは間違いではなかった。


 次の瞬間にはタガーナイフが上から降ってきて、ルーファスがそれを避けるのと同時に上から小柄な黒装束の男が襲い掛かってくる。

 シャノンは「きゃあっ」と声をあげ、ポケットから飛び出そうになったのをルーファスに押し戻された。


 タガーナイフを投げつけてきた小柄な男が小刀を手に飛び掛ってきたのを、ルーファスは近くに落ちていた太い木の枝で受け止める。


「誰の差し金だ。素人じゃないな、その動き」

 枝で器用に小刀を受け止めながらルーファスは相手に話し掛けるけれど、男は無言のまま攻撃をつづける。


「言うわけないか、オレたちみたいなのには沈黙の掟があるからな」

 素早く相手の背後に回り込んだルーファスは、そのまま手刀で男を気絶させると、背後から飛んできた鎖型の鞭を、倒した相手の剣を奪い弾き飛ばした。

 彼の言ったとおり背後から二名の刺客が襲いかかる。


「オマエらも手馴れか。痛めつけたぐらいじゃ口を割りそうにないな」

 不吉な台詞にシャノンはどきりとしたが、その時にはもうルーファスは詠唱をはじめており、彼の指先から疾風が放たれる。


(強い……)


 一瞬にして刺客二名は見えなくなる程遠くまで飛ばされた。

 ルーファスの身のこなしを見るに、やはり彼は只者ではないようだ。


「急ぐぞ。街に出てしまえば、やつらも下手に襲ってはこられない」

 ルーファスは息一つ乱しいておらず、そのまま駆け出す。


 シャノンはただ振り落とされないようにポケットの中に潜り込み、必死にしがみ付いていることぐらいしかできなかった。

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