第20話 真実の鏡

「んふ、可愛いお客さんだこと」

 胸ポケットから顔を出しているシャノンの姿を見ても驚くことはなく、女性は口元に手を当て艶っぽく微笑んでいる。


「優待券は使える?」

 ルーファスは鳥籠の鍵と一緒にいつもぶら下げているペンダントの徽章を見せた。


「まあ、お得意様いらっしゃい」

 お姉さんも意味深な笑みを返し「今日はどういったご用件ですか」と聞いてくる。

 なぜだか初対面の単なる客と店員とは違う雰囲気がして、シャノンだけ蚊帳の外な気分がしてきた。


「真実の鏡ってこの店に在庫は?」

「ありますとも。けれどあんなもの、なんに使うのかしら?」

 お姉さんはごそごそとカウンターの奥から、ルーファスの訪ねたものを出してくれた。


「ちょっとな」

「そう。無闇に自分の姿を覗き込むのはお勧めしないわよ。そこに映るのが自分の良く知る自分とは限らないのだから」

 お姉さんが出してくれたのは、小袋に入れられた手鏡のようだった。


「オレはそんな心配ないな」

 ルーファスは笑いながら代金を払っているけれど、シャノンはその手鏡が一体どんなものなのか分からなかった。興味本位で覗き込んでみても、特になんら変わった所はない。


「あら、お嬢さんが使うの?」

「そうだな……シャノン、オマエがいつか心から真実を知りたいと腹を括ったとき、きっとその手鏡は役に立つ」


 なんの変哲もない手鏡が? とシャノンは首を傾げたが、それが普通に見られるならオマエはまだ覚悟を決めていないんだとルーファスは言う。シャノンには、なんのことなのか分からなかった。

 真実を知りたいと思う気持ちは、こんなにも強く自分の中にあるというのに。


「あと聖水も欲しい」

「もちろん」

「ありがとう。品揃えのちゃんとした店で助かった」

「うふふ、またいつでもいらして。お得意様にはサービスするわ」


 シャノンがポケットの隙間から顔を覗かせていると、お姉さんと視線が合い居心地の悪い気分になる。


「そうだわ。可愛いお嬢さんにおまけでこれをあげる」

 お姉さんはローブの隙間からしゃらんと小さな砂時計がぶらさがったペンダントをとりだすと、シャノンのいるルーファスの胸ポケットへそれを入れてくる。


「これは?」

 お姉さんは悪戯っ子のように笑いながら、ルーファスの耳元でなにやらひそひそと囁く。


「そんな高価なもの。さすがにタダでは……」

「いいのよ。だってあなたはお得意様だもの。そのかわり、これからもご贔屓にしてね」

 お姉さんがペンダントを返そうとしたルーファスの手を押し戻すと、ルーファスは「ありがとう、また来るよ」と言いそれを受け取ることにしたようだった。


「ふふ、可愛いお嬢さんもまた来てね。魔術道具から薬草の調合まで魔術に関することなら、なんでも承るわ」

 手を振り見送ってくれる彼女に、シャノンもポケットの中から小さく手を振り返した。


「綺麗なペンダントですね」

 シャノンの身体では大きくてペンダント型になっているその砂時計を首にぶら下げることはできないけれど、きらきらと光る水色の砂の中に金色の星が一つだけ埋まっているのが見える。観賞用として眺めているだけでも、充分に価値があるものだと思えた。


「もし……本当にオマエの身に危険が迫って、オレでも助けてやれないような状況に陥った時は、その中の星を食べてみるといい」

 もしもの時の話なんて縁起でもないと思ったけれど、ルーファスはいたって真面目な顔をしていたのでシャノンも神妙な顔で頷く。


「ただし、その時は鳥籠の外で食べること。絶対だぞ」

「分かりました。でも、この星を使うような事態は、起きないといいな」

 ルーファスは少しだけ黙ったあと「そうだな。起きないといいな」と小さく返した。


 その時、ドンッと勢いよく誰かがルーファスにぶつかってきた。


「っ――待て!」


 目深にフードを被り全身黒尽くめの人影が謝罪もなしに走り去って行く。薄暗い裏通りというのもあり顔を確認することもできなかった。

 逃げ出した相手をルーファスは追おうとしていたが、すぐに闇に紛れ姿を暗ましたのを見て深追いはやめる。しかし黒尽くめの人影が走ってきた方向へと走りだした。


「ど、どうしたんですか?」

「アイツ……血の匂いがしてた」

「えっ!?」

 あんな一瞬でそんなことを感じ取る能力シャノンにはなかったが、ルーファスがそう言うなら、なにかよくないことがこの先に待ち構えているのだろう。


 細い道の先に目を凝らすと、女性が倒れているのが見える。声を上げそうになったシャノンをポケットの中に押し込めながら「オマエは見るな」とルーファスは言った。

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