三章
第15話 散歩
翌日の朝。シャノンはぼんやりと鳥籠の中から窓の外を眺めていた。
結局昨日は、ダグラスの大罪について誰にも詳しく聞けぬまま終わってしまった。
(マスターはいったい、なにをしたの?)
マスターはいつも仄暗く悲しげな目をしている人だった。
――すまなかった、シャノン……僕は。
シャノンが最後に聞いた彼の声と表情が蘇る。
胸の奥がずんっと重くなり、苦しくて涙が溢れてきそうな気持ちがした。
いくらそんな気持ちになろうとも、人形が涙を流せるはずはないのに。
(わたしじゃマスターが死んでしまったと聞いても、涙を流すこともできないんだ)
シャノンの知っている彼は孤独な男だった。彼の住んでいた大きな屋敷には、彼以外いなかったし訪問者が来たのを見たこともない。
最後のあの日に来た、誰か以外は……。
孤独だった彼は、寂しさを紛らわすために人形の自分を創ったのだろうか。
「どうした? 心ここにあらずだな」
声を掛けられ、シャノンは現実に引き戻される。
そこには鳥籠の中を覗きこむダグラスの顔があった。
「マスター!」
呼んでからハッとした。もう二度と彼に会えるわけがないのに。
目の前にいるルーファスはマスターと呼ばれ、一瞬きょとんとしたがすぐにシャノンが間違えたのだと気付き少しだけ不愉快そうに眉を顰めた。
だがすぐに気持ちを切り替えたようだ。
「しんみりした顔して、過去のことでも思い出してたのか?」
「……マスターの犯した大罪がなんなのか、考えていました」
真っ直ぐにルーファスの目をみつめる。彼が視線を逸らしてくることはなかった。
「そのうち思い出すだろ。時がくれば」
「そうでしょうか……でも、今すぐ知りたいです」
「せっかちだな。数百年ぶりに目覚めさせてやってるんだ。悩んでばかりいないで、もっと色々楽しめばいいのに」
「ずっと鳥籠の中なのに、なにを楽しんだらいいの?」
「はは、確かに。じゃあ、ちょっとだけ散歩にでも行ってみるか?」
「え?」
「黙って部屋に籠ってても、なにも起こりそうにないし」
ルーファスは鍵を開けて「おいで」とシャノンの方へ手を伸ばしてくる。
ダグラスは頑なで決してシャノンを外に出してはくれない人だったのに。見た目は似ていても、やはり彼はダグラスとは違う。
そう実感しながらシャノンは伸ばされた手に飛び乗った。
◇◇◇◇◇
小鳥の囀りを聞きながら、シャノンはルーファスの肩に乗っかり城近くの森を散歩していた。
「きゃ、これはなに!?」
突然頭の上に紅いモノが引っ付いてきて、驚いたシャノンはひっくり返る。
落ちかけた彼女をキャッチしたルーファスは、シャノンの身体を這う紅いモノの正体を見て吹きだした。
「てんとう虫も知らないのか?」
「て、てんとう虫?」
紅くて黒い玉模様の虫は、シャノンの腕をツツッと這うとすぐに飛び立ってゆく。
「わぁ、今度はなぁに!?」
てんとう虫がいなくなってすぐさま大きな白い羽を広げたなにかが、またシャノンの頭にとまった。
「それは蝶」
「蝶ってなんです、噛んだりしないですか?」
怯えて頭をぶんぶん振ると、蝶はすぐに羽ばたいていった。
「ああ、もったいない。せっかく大きなリボンをのせたお人形みたいで可愛かったのに」
ルーファスは笑っているけれど、今まで森に連れてこられたことなどなかったシャノンにとっては笑い事じゃない。
「森ってこんなに色んなものが、頭にとまってくる所だったんですね」
外は危険なんだよと言うマスターの言葉が、しみじみと沁みた。
「フッ、ハハハ。そんなに警戒しなくても大丈夫だ」
またなにか飛んでくるんじゃないかと、シャノンはルーファスの掌の上で挙動不審なほど辺りを見渡す。
「今まで蝶も見たことなかったのか?」
「だって、外はとても危険な場所だから、マスターは連れ出してくれなかったし」
「そうだったな……ごめん」
ルーファスは暫く無言で歩いた後、木漏れ日が降り注ぐ大きな木の下に腰をおろした。
「休憩ですか?」
「ああ、オマエもしてみたら。こうやって」
「きゃあ!?」
ルーファスはごろんとその場に仰向けに寝転んだ。
草と花の上に放り出されたシャノンも地面に転がる。
少しちくちくする草の絨毯は若草の匂いがした。
目の前に広がる青空にはゆっくりと流れる雲が浮かんでいる。
「空って……とても高くてきれいなものなのですね」
解放感のせいだろうか。いつも鳥籠の中で窓から見ていたものと同じはずなのに、初めてみたような感動を覚えた。
それから暫く無言で二人寝転んだままでいた。ちっとも重くない、心地のよい沈黙だった。
さらさらと優しい風がシャノンの髪や頬を撫でてゆく。
「いいだろ。たまには外で寛ぐのも」
「ええ、とっても」
シャノンが心地よさそうに微笑むと、ルーファスはどこかほっとした表情を見せた気がした。
「オレも好きなんだ、昔から。こうやってなにもしないで、ぼーっと空を眺めているのが」
そういった彼の横顔は、やはりシャノンの中に残るマスターの面影と重なってしまう。
あの人と同じ顔が、声が、そしてどこか孤独そうな瞳が……別人だと頭では分かっているのに、マスターと居た頃の気持ちを蘇らせてくるのだ。
この人の傍にいてあげなくては。支えてあげなくては。そしていつか孤独から救い上げてあげたい……そんな記憶に切なさを覚え、シャノンは意識を現実に戻した。
「あら、このお花、甘い匂いがする」
転がった先にあった小さな白い花にシャノンは顔をよせる。
「その花の蜜には解毒効果があるんだよ」
「へ~」
「その隣に生えているギザギザした草は、切り傷に聞く薬草だ」
「ルーファスって物知りですね。マスターも、薬草には詳しかったんですよ」
褒めたつもりだったのだけれど、ルーファスの笑顔に微妙な不快感が宿ったのを感じハッとした。そうだった。ルーファスにとってマスターと似ていることは褒め言葉じゃないのだ。
「マスターに似てるって言われるの、そんなに嫌ですか?」
「いやだよ……そうだ、今度間違えたら魚のエサにしてやろうか」
意地悪な顔を見せたルーファスにひょいと摘まれて、シャノンは慌てて足をばたつかせる。
「なんで!? いやです、いやいや、ごめんなさい!?」
「ハハ、冗談」
半分は本気の目をしていた、と思ったけれどもう余計なことは口にしないでおく。
「オレは紳士だから。大事な花嫁に酷いことをしたりしない」
「花嫁って……」
「なんだ、その疑り深い顔」
「そうじゃなくて」
「ん?」
「わたしは仮初めの花嫁を、いつまで続ければいいんですか?」
今は彼にとってこれが必要な嘘なのかもしれない。けれど人形の自分と人間の彼が本当に結ばれることはない。この嘘が必要なくなった時、自分はどうなるのだろうとふと思ってしまったのだ。
「そのうち終わる。こんな身分違いの関係……」
時が来れば捨てられるのは自分のほうだとシャノンは思うのに、ルーファスの方がなぜか悲しそうな顔をしている気がした。
その時、突如シャノンの頭上スレスレを黒い影が掠りぬける。
身構えるシャノンへ向かってきたのは、初日に窓から侵入してきた大きな鷹だった。
「誰の使いだ?」
シャノンを胸ポケットに入れると、ルーファスは鷹に向かい魔術を放つ。
しかし大きな鷹は低空飛行でそれをかわすと、素早く遠くの方へと飛び立っていった。
「……今、狙われていたのはわたし?」
「そうだな……なんで王候補のオレじゃなくオマエばかりが狙われるのか」
不死鳥の力を持つ娘を手に出来ればと、他の王候補たちも考えているのだろうか。
「とりあえず、屋敷に戻ろう」
「はい……」
シャノンを自分の手元に置くためなのか、いっそのこと始末してしまおうという考えからなのか分からないが、敵は身近に潜んでいるのかもしれないと思わずにはいられなかった。
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