第12話 黒雷のある日常
アルバーノの予言めいた台詞のせいで、シャノンは構えた心持のまま城下町へと下りたのだけれど……町を見て拍子抜けした。
黒雷が落ちたばかりだというのに、そんなことを気にする人はどこにもいないようだ。
「黒雷によって大陸の治安が乱れ百年以上経っています。これが、この大陸の日常なのですよ」
シャノンの心の内を察したかのように、アルバーノがそう教えてくれた。
人に落ちなければ、もはや気に留める者はいないのだと。
「皆、自分や愛する人、その周りに黒雷が落ちないよう祈りながら生活をしている。生まれた時から」
「それも全部、王の加護がないばかりに?」
「……そうですね」
思えば昔自分もマスターとよく窓の外に見える黒い雷をぼんやりと眺めていた。
あの頃はこの雷がそんなに恐ろしいものだとは知らなかったけれど、マスターはよく「外はとても危険だから、決して籠の外に出てはいけない」と言っていた。
シャノンがマスターと暮していた頃には、すでに王という存在はこの国から消えていたのだろう。
「最近、以前より黒雷の落ちる回数が増しているような気がします。私が子供の頃に比べれば確実に」
「なぜでしょう?」
「これは私の勝手な推測ですが、天の怒りでしょうかね」
見上げるといつの間にか厚い雲が城下町を覆い始めている。
「偽者が己を王などと名乗るから……天の怒りを静められるのは、大天使に選ばれた王のみだというのに」
自分も王候補だと名乗りを上げているくせに、アルバーノはどこか他人事のような口振りだった。
「あの雷は、天の怒り……」
薄雲に覆われた空を見上げていると、なんだか悲しい気持ちになってきて、シャノンはきゅっと眉を寄せた。その時。
「ひゃっ!?」
漆黒の閃光と激しい轟音がほぼ同時に耳に届いてシャノンは飛び上がる。
「これはこれは、随分と近くに落ちたようですね」
そうなることを予想していたのであろうアルバーノは、まったく動じることなく雷が落ちた先を眺めた。
街行く人々はあまりにも近くに落ちた雷に慌てだし、店の中やここから遠くへと走って行く。
アルバーノは逃げ行く人の波に逆らって、雷が落ちた方向へと歩き出した。
「逃げなくて大丈夫ですか?」
「逃げる? ふふ、見たいのでしょう。フィル殿の炎を」
そうだった。自分が城下町にきた目的を思い出す。
「見定めるといい。貴女が本物の不死鳥に選ばれし娘ならば、パートナー候補は三人いるのですから」
シャノンは戸惑いつつも頷いた。
そしてアルバーノが再び歩き出し向かう先を、シャノンも真っ直ぐに見つめる。
黒雷が落ちたのは小さな生肉店だったようだ。
店の屋根には穴が開いており、黒く焦げたそこから煙が上がっている。
もうその周りの人々は全員逃げ出しているようで、人の気配は感じない。
「人には落ちなかったのでしょうか」
辺りの静けさにシャノンはほっと胸をなで下ろしたのだが。
「一人、か」
小さく呟いたアルバーノの言葉を不吉に思った。
「建物の中に一名……」
メガネを外し生肉店の方へ目を細めるアルバーノにつられ、シャノンも同じ向きに目をやった。
ガッタン、ガラガラガラ――
建物の中から、誰かが暴れている物音が聞こえてくる。それから呻き声も。
「中に、いるんですね……堕天使が」
「ええ、できたての半端者がね」
ドアが蹴り飛ばされ中から目付きの悪い男が現れた。
手に持っていた足の折れた椅子を、地面に叩きつけ壊している。
「自我が保てず、破壊行動に走るのはまだ成熟していない半端者の堕天使の特徴です」
ならば昨日見た堕天使も半端者と呼ばれる部類だったのだろう。
堕天使がこちらに気付き牙を剥き出す。
「いたぞ!」
自警団の男たちが武器を手に駆けつける。
アルバーノは特になにをするでもなく、身体を浮遊させると生肉店の向かいにある赤い屋根の上に登った。
「アルバーノさん。魔術が使えるんですね」
「ええ、といっても下級の術が使える程度です」
それでも魔術師はこの大陸では希少な存在だ。少なくともシャノンが長い眠りにつく前の世界ではそうだったのだが。
「この大陸で魔術を嗜む者は肩身が狭いですからね。あまり人前では使いたくない力です」
「え?」
「魔術師ダグラスの大罪のせいですよ。お陰で国所属の魔術師以外は、肩身の狭い思いです」
「あの、それって」
その話しを詳しく知りたい。そう思った矢先、駆けつけた自警団の男二人が投げ飛ばされた音に遮られた。
「うわあぁああっ」
荷台に投げ飛ばされた二人が、積まれていた果物塗れになりもがいている。
「だ、大丈夫でしょうか。あの方たち」
「大丈夫じゃないでしょうね。堕天使は人の精気を吸い取りますから」
「そんなっ!?」
思わず助けに行こうと前のめりになってから、シャノンは自分にそんな力はないのだと思い出す。
人形の身、それも掌サイズのこんな身体では、役に立つどころか堕天使に踏み潰されておしまいだ。
(なんて無力なんだろう、わたし…)
もどかしくて悔しくで、シャノンは下唇をギリッと噛み締める。
「アルバーノさん、お願いです。あの方たちを助けてくれませんか?」
「出来ませんね。私はあの炎を使えませんので」
こんな時ルーファスがいてくれたら、またあの美しい炎で彼らを救ってくれるのだろうか。
シャノンは心の中で「ルーファス」と彼を呼んだ。そんなことを願っても、都合よく彼が現れるわけないことぐらい分かっているのに。
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