二章
第9話 外出許可
雷が落ちる。漆黒の雷だ。
誰かがこっちに来るんだと手を伸ばす。
けれど、その手は取れない。そう強く思った。
だから伸ばされた彼の手に背を向け――
「やめろ!」
自分はどこへ向かったのだろう。彼は一体誰だっただろう。
伸ばされた手の主は「行かないでくれ」と縋っていたのに。
「さようなら――」
けれどシャノンがその手を掴むことはなかった。
◇◇◇◇◇
「っ!?」
飛び起きると朝日が窓から射し込み籠の中までを明るく照らしている。
(なんだ、夢か……)
夢見が悪くて溜息が出た。
人形でも夢を見ることがあるんだなと我ながら不思議に思う。今までそんなの見ていた気がしないのだが。
「マスター?」
籠の外に視線を向けると、そこには鳥籠を枕元に置き眠るルーファスの姿があった。
(……違った。この人はマスターじゃないんだ)
思わずマスターと呼んでから、もうマスターはこの世にいないのだと思い出し寂しくなる。
「ん……もう起きてたのか」
シャノンの視線に気が付いたのか、眠たそうに伸びをしてルーファスが鳥籠に顔を近付けてきた。
「おはよう、オレの小鳥さん」
「っ……小鳥さんじゃないです」
そんなふうに声をかけてきた彼の姿が、ふいにダグラスと重なり錯覚しそうになる。
「……じゃあ可愛いオレの花嫁?」
「普通に名前で呼んでください」
力いっぱい凄んでみせたが「はいはい」と軽く流されてしまった。
ルーファスは起きて早々身支度を始める。出掛ける予定でもあるのだろうか。
「お出掛けするなら、わたしも一緒に行きたいです」
「外に出たいのか?」
ずっと籠の中にいるだけは暇なのだ。だからシャノンは大きく頷いたのだが。
「……籠の中が一番安全なのに、外に出たいなんてどうかしてる」
そう呟いた彼の表情が、なぜかダグラスが良く見せていた表情とまた被りシャノンはどきりとした。
「昨日だってさっそく、鷹に襲われてただろ」
自分は危険な目に遭っている。籠に入っていなければ、あのまま食べられていた可能性もなくはないだろう。
「そのうち……偽者を追い出したら、いくらでも青空の下を走らせてやるから今はまだ我慢しろ」
籠の隙間に人差し指を入れ、俯くシャノンの頭を撫でながらルーファスが言う。
「本当はいっそのこと、両方暗殺してしまえば早いけど」
「あ、暗殺!?」
シャノンは物騒な言葉に素っ頓狂な声を上げたが、なんてことないようにルーファスは続ける。
「あいつらも自称王候補と名乗れるだけの力を持っている曲者だ。情報を得るまでは下手に手を出さないほうがいい。それに一人は……少し気になることがある。今は泳がせておきたいんだ」
「なるべく穏便に済ませてくださいね」
偽者の嘘を暴くのに反対はしないけれど、暗殺とかそういう手の下し方は抵抗がある。
「おかしな事を言うんだな。偽者に情けなんて無用だろ」
「…………」
冷たい顔で躊躇なくルーファスはそう言う。
心なんてない人形の自分ですら、昨日共に食事をした二人を暗殺なんて考えたくないというのに。
「全部オレに任せてろよ。オマエは鳥籠の中でじっとしていればいい。全てが終わるまで」
そんな台詞嬉しくなかった。自分もなにか役に立ちたい。そう思っているのに。
「わたしに手伝えることはなにもないですか?」
そう聞くと「なにもない」と、きっぱり言われてしまった。
「今オマエにできる唯一のことは、大人しくしてること。オーケー?」
「…………」
「不貞腐れるなよ。お姫様は騎士に守られるのが仕事だろ」
「そんな扱い嬉しくないです」
完全に戦力外と告げられた気分がして悔しかった。ダグラスの名誉挽回のためなら自分だって役に立ちたい。
こんな小さな身体じゃ、確かにできることは限られているだろうけど。
膨れっ面になったシャノンに、ルーファスは苦笑いを浮べた。
「そうだよな、オマエはそういうやつだよな」
「え?」
その時、部屋をノックする音がした。
ルーファスが返事をすると、昨日のメイドがベッドメイキングの時間なのだと部屋に入ってきた。
「部屋の掃除をさせていただいてもよろしいですか?」
不都合ならば出直すとメイドは言うが、ルーファスは今してかまわないと返事をすると長椅子に腰を下ろし本を読み始める。
手持無沙汰なシャノンはブランコに揺られながら、せっせとベッドメイキングをしたり拭き掃除をしたりしているメイドの働く姿を眺めていた。
忙しそうに動き回り、彼女はテキパキと仕事をこなしている。なんだかそれが羨ましかった。自分もせめて身体が大きければ、ルーファスの身の回りの世話ぐらいは貢献できたのに。
「はぁ……」
「どうされました?」
思わず吐いてしまった溜息が聞こえたらしく、拭き掃除を終えたメイドがこちらにやってくる。
「よろしければ、外の空気でも吸いますか?」
暇そうにブランコをこぎ続けていたシャノンを気遣ってくれたのか、メイドがそんな提案をしてくれたが。
「えっ! あ……でも」
一瞬、瞳を輝かせたシャノンだったが、そんなことルーファスが許してくれるわけないなと思い肩を落とす。
「遠慮なさらず」
「実は……昨日、窓から鷹が侵入してきまして、危ないから外に出ちゃだめって言われているんです」
メイドの気遣いは嬉しかったのだけれど正直に話す。メイドは「まあ、そんなことが」と少し申し訳なさそうに考え込んだ後「では本日はわたくしと庭に出ませんか?」と申し出てくれた。
「安全な場所を選びますし、わたくしも危険がないように見張っておきますので」
「でも、あなたのお仕事の邪魔になるんじゃ」
「いいえ、これから少し休憩時間なんです。シャノン様がよろしければ、どうですか?」
嬉しい。けれど勝手に外に出るなと、ルーファスに言われるのが目に見えている。
「……すみません、困らせてしまったようですね。わたくしったらでしゃばった真似を」
明るい笑顔が印象的だったメイドが俯いたのを見て胸が痛む。こんな顔させたくない。
「あのっ、あなたさえよければ、わたしをお庭に連れて行ってください!」
だから思わずそう言ってしまったのだが。
「こーら。なに勝手に約束してるんだ」
いつの間にかこちらへやってきていたルーファスが、口調こそ柔らかだが勝手は許さないと言いたげな表情を浮かべている。
「やっぱり、ダメですか?」
思わずしゅんとしてしまったシャノンを見て、ルーファスは少しなにか考えた後「しょうがないな」とメイドの方へ顔を向けた。
「ウチの花嫁さんの面倒を少しお願いしても良いですか?」
「もちろんです。責任を持ってお付き合い致しますわ」
そう言って頷いてくれたメイドを見て、シャノンは外に出られるのだと顔を綻ばせる。
「ふふ、お許しが出てよかったですわ。わたくし、ルシールと申します。よろしくお願いしますね、シャノン様」
「ありがとう、ルシールさん」
ルシールは籠を持ち上げ、同じ高さで目線が合った二人は、どちらからともなく笑い合った。
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