第6話 王の座に一番近い少年
広間の奥にある扉を通ると、そこは外だった。
新緑のツタが巻き付く高い煉瓦の壁に囲まれた円形の中庭に、空からの光がキラキラと射し込んでいる。
門番が言うにこの先には大天使と意思疎通するため王のみが進める門があり、しかしそこを開くには特別な杖が必要なのだそう。
もちろん今のルーファスにはその門を潜った先に進める術はない。
他の王候補者同様、杖を授けられるその時まで城の脇に建てられた古い別館で生活をするようにと告げられ、屋敷の管理人が迎えに来て案内された。
ここはどうやら昔使用人が使っていた建物らしい。外壁はツタが絡まり放題で薄暗く、中は綺麗に掃除されていたが少し不気味な洋館だった。
二階角部屋に通され、自由に使うようにと告げ管理人は去ってゆく。
ここに着くまでに、この洋館を任されている使用人二人とは挨拶を交わしたが、王候補となっているライバルたちと顔を合わせることは無かった。
「さて、しばらくはここがオレたちの住居だ」
古びた部屋だが掃除は行届いているようで、なんの不自由もなさそうだが。
「ルーファス、どういうことですか!」
窓辺のテーブルに置かれた籠の中から彼の様子を窺うと、ルーファスは涼しい顔をして首を傾げた。
「どうかしたのか、オレの花嫁。難しい顔をして」
「どうかしたじゃありません。わたしは不死鳥に選ばれた娘ではないし、それにっ」
怯んではいられないとそう訴えてみる。が、「しっ」と人差し指を口に添えたルーファスの仕種で言葉を制されてしまった。
「たとえ部屋の中でも、どこで誰が聞き耳を立てているか分からない」
余計なことは口にするなと、鋭い目で諭されるけれど。
「でも、あなたの言っていることは嘘ばかりです。一体なにを企んでっ」
「嘘ばかりじゃない。少なくとも、王候補が偽者揃いだというのは真実だ」
「それって何を根拠に?」
「……知らなくていい。オマエは黙ってオレの花嫁を演じていれば」
「そんなっ」
「オレは偽者の王候補を蹴落とし、王の座を取り戻す。我が一族のためにも……」
その言葉にシャノンは黙った。
我が一族のため。つまり、いつの間にか大罪人にされていたダグラスの名誉を取り戻せるということだろうか。
「それは、マスターのためにもなることですか?」
そっと鳥籠の中のシャノンに顔を寄せルーファスは囁く。
「そうだな……ダグラスの罪も正せるかもしれない」
なんともいえない沈黙の後、シャノンは静かに「それなら、協力します」と頷くしかなかった。
マスターのためなら……。
「なら余計なことは詮索するな。大人しく鳥籠の中にいるんだ」
シャノンが反抗することなく再び頷くと、ルーファスは「オレが偵察から戻るまで、いい子で待っているように」と言い残し部屋に鍵を掛け出て行ってしまった。
一人残されるとシャノンは籠の中から窓の外を眺めていたが、もやもやとしてきた。
やはりルーファスを信用してしまっていいのだろうか。いくらマスターと姿が似ているからって、第一印象から最悪だったあんな男を。
「でも、海の向こうに売り飛ばされるのは怖いし」
悪い人間に捕まったりしたら、酷い目に遭わされるかもしれない。
それならば、今の所ルーファスの下にいるほうが安全な気がする。それに。
「マスターが悪人のはずないもの。ルーファスが無実を証明してくれるなら」
今はルーファスを信じるしかない。悔しいけれど、自分は無力なお人形でしかないから。
◇◇◇◇◇
別館の中は鍵の掛かっている部屋と個人の部屋以外は、基本的に自由に出入りしていいとのことだった。
ルーファスは屋敷内を把握するためにも探索をした。
二階は王候補たちの部屋となっているため出入りは出来ず、一階は物置部屋や小さな食堂などがあるようだ。
一見普通の建物だが、どこに罠が仕組まれているか分からない。
(偽者の王候補……どうやって鼻を明かしてやろう)
その時、玄関の戸が静かに開き少年が入ってきた。
「フィル様、お帰りなさいませ」
この屋敷に三人しかいないメイドのうち近くいた一人が駆け寄ると、奥のほうにいたもう一人のメイドも現れ頭を下げた。まるで主を迎えるように。
(アイツがフィル……一番王の座に近いと言われている偽者か)
先程城下町で住人たちが名前を口にしていた様子から察するに信頼度知名度を見ても、メイドたちの態度を見てもそう窺える。もう一人の王候補はまだお目に掛かっていないが、フィルほど活躍の噂を耳にはしない。
遠目から見ていたルーファスの視線に気が付いたフィルがこちらに顔を向け、驚いたように目を見開く。
ルーファスはすっと外面の爽やかな笑みを浮かべ、フィルに向かって会釈をしてから歩み寄る。
「はじめまして」
見知らぬ男の登場に一瞬強張るような表情を見せたが、少年はすぐに年齢より落ち着いた表情で「アナタは誰ですか?」と聞いてくる。
「オレの名はルーファス。今日からここでお世話になるんだ、よろしく」
物腰柔らかにそう名乗ると、フィルは警戒を解かぬ面持ちのまま会釈だけした。
「まあ、フィル様。袖に血が付いています。どこか怪我をしているのですか!?」
メイドが血相を変えて少年の腕を掴んだ。
確かに彼の服の袖には僅かな血痕が付着しており、ルーファスにそれを見られるとフィルはバツが悪そうに袖を隠した。
「ちょっと……物取りに襲われて。大丈夫、なにも取られはしていない」
「未来の国王陛下になんてことを」
「城に報告を入れましょう。けれどその前に傷の手当を」
メイドたちは、ぐいぐいとフィルを押して部屋へと連れて行こうとしたのだが。
「本当に大丈夫。掠り傷だ、あまり騒ぎを大きくしないでほしいな」
ついてこようとしたメイドたちを手で制すと、フィルは困ったように微笑んで一人二階の部屋へと戻って行ってしまった。
ルーファスはその背を眺め「物取りねぇ」と訝しげに呟いのだった。
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