第4話 堕天使と聖なる炎

「あれはなに……」

 遠くのほうで数人が倒れている。そして、土埃の中から紅蓮に目を光らせ黒い闇を纏った男が現れた。


「あれは、黒い雷を浴び闇に取り付かれた元人間。堕天使と呼ばれる存在だ」

 ああなると化け物のように暴れ人を襲うのだとルーファスは言った。


「誰か、誰か助けてっ!」

 逃げ遅れた親子が地面に蹲り震え上がっているのが見える。

 小さな女の子を若い母親が必死になって抱きしめ庇おうとしている。

 少し離れた場所に居る人々はそれを哀れむように見ながらも、助けに行こうとはしない。


「こんな時にフィル様が居てくれたら」

「フィル様はどこにおられるのだ。今日はいらっしゃらないのか」


 親子に同情する声の中に「フィル」という名を縋るように呼ぶ人が数人いた。

 そんな中、親子に狙いを定めた堕天使と呼ばれる存在が瞬時に爪を尖らせ襲い掛かる。


 シャノンはこの後の惨事を思い浮かべ、硬く目を瞑ったが。


「お前たちは住民の避難誘導を急げ!」

 突然、良く通る声が辺りに響き恐る恐る目を開くと、堕天使の攻撃を勇ましい自警団の男が剣で受け止めていた。


 そして腰を抜かしている親子を、別の団員たちが助けようと駆け寄る。

 とりあえずよかったとシャノンは胸をなでおろしかけた。遠目から見ていた誰もがそうだっただろう。しかし。


「きゃあぁあぁぁああぁっ!?」


 子供を庇うように抱きしめたまま、母親が黒雷に打たれた。


 背中から黒い煙が上がり、闇に包まれ動かない母親の腕の中で少女はただただ泣きじゃくっている。

 駆けつけようとしていた自警団員たちは、母親が唸り声を上げているのを見て足を止めた。そして腰に携えている剣に手を掛ける。


「あのお母さんはどうなってしまうの?」

 シャノンは声を震わせる。問いながらも想像はできていた。最悪な想像だ。

「堕天使はすぐに始末される。野放しにすると厄介だからな」

 ルーファスは静かにそう答えた。


「そんなっ」

 何の情もなくそう言う彼が冷酷なのか、外の世界ではこれが当たり前のことなのか、鳥籠の中の世界しか知らないシャノンには分からないけれど。


 ただ――


「おい、娘を殺してしまう前にやれ!」


 そんな声と共に自警団二人が剣を抜き、もがき苦しむ母親にじりじりと向かってゆく。

 その先では最初に堕天使となった男が、団長とやりあい倒されたところだった。


「ママー!」

 泣き叫ぶ子供の声になど誰も耳を傾けない。


「あの子の母親を奪ってしまうの?」

(それも目の前で? それしかないの?)


「堕天使と化した者を救う術は他にない。あいつらには、な」

 ルーファスはそう呟いた。

 シャノンはあまりのショックからか身体が急にカッと熱くなるのを感じた。


「そんなっ。誰かあの人を助けてあげて!」

(お願いっ、誰かっ!!)


 必死で叫んだ瞬間、けれど自警団員が容赦なく剣を振り上げたのが見え目を瞑った。


「いやぁああぁあっ!?」


 女性の叫び声が耳に届く。シャノンは身体中の力が抜けて鳥籠の中で蹲る。

 なにも見たくない、子供の泣き叫ぶ声も聞きたくなくて、耳を塞ごうとしたのだけれど。


「目を逸らさないで見てみろ」

 ルーファスが容赦なく鳥籠のカバーを捲ると喧騒の中へと歩き出した。

「これは……」

 恐る恐る目を開けたシャノンの目に飛び込んできたのは、炎に飲み込まれた堕天使の姿だった。


 それは恐ろしい光景のはずだ。

 けれどなぜだろう。シャノンは先程までの恐怖も忘れ、その炎に魅せられていた。

 不思議な炎は母親に取り付いていた黒い闇を吸い出すように色を変えると、最後に白い光となってそのまま消えてゆく。

 火傷の痕一つないまま倒れた母親と泣きじゃくる娘だけがその場に残った。


「なにが、起きたの……」

 シャノンだけじゃない。周りにいた誰もが今起きた事を把握できずに、ざわついていた。


 ただ一人、ルーファスを除いて。


「おい、母親は無事か!」

「はい、息をしています。しかも……人間に戻ってる」

 戸惑う自警団員たちのもとへ、ルーファスは鳥籠にカバーを掛け直して向かう。


「誰だ、貴様は。ここは危険だ、下がっていろ」

 戸惑いを浮かべ元に戻った女性の様子を窺っていた自警団の面々が、今度は訝しげな顔つきでルーファスを見やった。


「その女性の闇は取り除きました。もう大丈夫でしょう」

 ルーファスの爽やかな振る舞いに、なんだその取り繕ったような声はとシャノンは思ったが、自警団員たちは少しだけこちらを見る警戒の姿勢を崩した。


「取り除いたというのはどういう意味だ。そんな事が出来るはずっ」

「この世で唯一浄化の炎を扱える存在をご存知ないと?」

「団長、まさかこの方は……」

「まさか。フィル様の他にも同じ能力を持った候補が?」


 ひそひそと団長の後ろで団員たちが話し合っていたが、団長だけは動揺することもなくルーファスから目を逸らさない。


「自分はこの国の王となる素質を持つ者であると、そうおっしゃるのか」

「ええ、城へ案内してくださいますね?」


(ルーファスが王の素質を持つ者? ど、どういうこと?)


 鳥籠の中に身を潜めたまま、シャノンはもうなにがなんだか分からなかったが、籠の外ではどんどん話しが進んでゆく。


「わかった……まずは城に案内しよう。貴方が本物かどうか判断するのは、自分の役目ではないからな」

 ついて来るといい。そう言って団長が歩き出した。もちろんルーファスもその後ろを堂々とついてゆく。


 シャノンはルーファスに説明を求めることすらできないまま、一緒に城まで連れて行かれたのだった。


 王の居ない城へと。

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