第6話
家に入ると、リビングにはお姉ちゃんしかいなかった。
「……お姉ちゃんだけ?」
「うん。隼翔くんはもう帰るって」
「お兄ちゃんたちは?」
「ふたりとも部屋にいるよ。お母さんはもう休んでる」
お姉ちゃんはとても静かだった。家の前で隼翔くんがあたしを待っていたこと、知ってるんだろうか。
何か言わないと。そう思えば思うほど汗が止まらなくなる。マフラーを外して手に握ると、手のひらもじっとり汗をかいた。お姉ちゃんの顔を見れない。
「結」
沈黙を破ったのはお姉ちゃんだった。ちらりと顔を上げる。お姉ちゃんは、ちょっと困った顔をしてあたしを見ていた。
「隼翔くんのこと、嫌い?」
それには自分でも驚くくらい、素早く首を横に振った。
「そっか」
「……き、嫌いじゃないよ」
「うん」
「ほんとは……ほんとは、嫌いなんて思ったこと、一度もないよ」
ごめんね。お姉ちゃん、ごめん。
あたしのお世話させてごめん。お姉ちゃんのこと支えられなくてごめん。
お姉ちゃんの幸せを祝えなくてごめん。
言わないといけないことはたくさんたくさんあるのに、何一つ言葉にできない。お姉ちゃんに悲しそうな顔をさせることしかできない。
隼翔くんはいるだけでお姉ちゃんを笑顔にできるのに。
涙が零れ落ちそうな、そのときだった。
懐かしい、あたたかい体温に包まれた。
「……お姉ちゃん?」
「わかってるよ」
「……」
「大丈夫、わかってる」
お姉ちゃんの腕も、声も、全部震えている。
息をのむ。今ここで、ちゃんと気持ちを伝えないと、あたしは一生後悔する。
「お姉ちゃん」
「うん?」
「ちゃ、ちゃんと、帰ってくる?」
お姉ちゃんの腕が離れた。
涙でぐちゃぐちゃになった視界の真ん中で、お姉ちゃんが驚いたように立ち尽くす。
「お姉ちゃん、結婚しても、ちゃんと帰ってくる?」
「結……」
「隼翔くんのお嫁さんになっても、あたしのお姉ちゃん?」
当たり前のことだ。血縁上あたしたちは家族だ。わかってる。わかってるけどそうじゃなくて、あたしはただ。
「お姉ちゃん……寂しいよ」
それはとても自然と、あたしの口から零れ落ちた。
ずっとずっと、胸の中にあったものだった。
お姉ちゃんが笑うと嬉しかった。お母さんが忙しくても、お姉ちゃんが一緒にいてくれたから、あたしはすごく幸せだった。あたしの大好きな自慢のお姉ちゃん。
あたしはただ、お姉ちゃんが誰かのものになってしまうのが寂しかっただけなのだ。
「結」
お姉ちゃんにまたぎゅうっと抱きしめられる。
今までで一番強い力だ。
「当たり前だよ、そんなの」
「お姉ちゃん」
「私は今も、昔も、これから先も、ずっとずっと。結たちのことが大切だよ。何度だって帰ってくるよ」
「……うん」
「でもね、隼翔くんのことも大切なんだ」
「うん」
わかるよ。本当はずっと前からわかってたけど、今のあたしならその意味が本当にわかるよ。
だってね、お姉ちゃんの大切な人はね、お姉ちゃんだけじゃなくて、あたしたちのことも大切にしてくれる人だもん。
「お姉ちゃん」
ずっと、ずっと言いたかった。
あたしの世界で一番大切な人に、ずっと言いたかった一言がある。
「お姉ちゃん、ありがとう」
あたしたちを幸せにしてくれた分、これからずっと、もっと、たくさん幸せになってほしい。
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