第5話
あれは、お姉ちゃんと隼翔くんが結婚の挨拶をした翌日の夜のことだった。
「ごめんね、あゆみ」
聞こえてきたそれに思わず足を止めた。喉が渇いたからお水を、とリビングに降りてきたけれど、扉の前で固まった。
音がしないようにドアを少しだけ開ける。お姉ちゃんとお母さんがテーブル越しに向かい合っていた。ただならぬ雰囲気に息をのむ。
「なあに、お母さん。どうしたの?」
「あゆみももうすぐ結婚するんだって思ったら、ちゃんと言わないとって思ってね」
「ええ?謝られることなんてないけどなあ」
お姉ちゃんが笑う。お母さんが何を言いたいのか、あたしにはすぐにわかってしまった。あのとき見つけたポスターの言葉が、頭の中で響いて鳴りやまない。
「あゆみに余計なものたくさん背負わせたね」
「……お母さん」
「家事も、あの子たちのお世話も、全部あゆみにやってもらってた。本当は母親の私がしないといけないのに」
「お母さん、」
「だ、大学だって……行きたかったよね。ごめんね」
「お母さん!」
がたん。椅子が揺れる。お姉ちゃんが立ち上がって、お母さんの手をぎゅっと握る。
「お母さん、違うから。私、余計だなんて思ってない」
「でも」
「そりゃね、苦しかったこともあるよ。なんで私がって思ったこと、あるよ。でも、でもさあ」
ここからはお姉ちゃんの後姿しか見えない。
でもわかった。お姉ちゃんが泣いているのが。
あたしたちの前では決して涙を零さないお姉ちゃんが、泣いているのが。
「でも私、自分のこと不幸だって思ったことないよ」
お母さんが顔を上げる。
「だから謝らないで。お母さん」
「……あゆみ」
「それにね」
お姉ちゃんがお母さんの手を握ったまま座りなおす。
笑っているのが、後姿なのにわかった。あたしの大好きなお姉ちゃんの笑顔だってわかった。
「大丈夫。隼翔くんがいるから」
脳裏に浮かぶ、お姉ちゃんと、お姉ちゃんの隣に寄り添うようにして立つあの人の姿。
お姉ちゃんが一番嬉しそうにする時。
「……あゆみ」
「大丈夫だよ、お母さん」
「……」
そっと扉を閉めた。足音を立てないように去ろうとした直前、扉越しに聞こえた。
「あゆみ、隼翔くんと幸せになってね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます