第3話


「ヤングケアラー」という言葉を知ったのは、あたしが高校生になってすぐのことだった。




街を歩いていて何気なく目にしたポスターに、それは書いてあった。なんでそれが気になったのかはわからないけれど、あたしはその場ですぐに意味を調べた。



本来大人がするべき家事や弟妹の世話を、子どもが代わってすること。



その説明文を見た瞬間、あたしは息ができなかった。



あ、これ、お姉ちゃんだ。



ご飯を作って、洗濯をして、掃除をして。お兄ちゃんもそうだったけど、ほとんどお姉ちゃんが担っていた。だってお姉ちゃんは、お兄ちゃんのお姉ちゃんでもあったから。



あたしと紡が小さいときにお父さんが病気で死んじゃってから、ずっとそうだった。



ヤングケアラー。そんな言葉があるなんてしらなかった。そして、それが問題視されているということも。



手が震える。足を一歩も動かせない。鮮やかな桜の花が一瞬で色を失ったように見える。



あたしは今まで、お姉ちゃんになんてことをさせていたんだろう。



お姉ちゃんに会いたい。それで全部謝りたい。お姉ちゃんごめん、これからはあたしがお姉ちゃんのこと支えるからって。



急いでポケットからスマホを取り出す。ようやく指が動いた、そのときだった。





「待って隼翔くん、私も持つよ!」



聞きなれた声が聞こえた。



見慣れた街中で鮮やかに彩られる、大好きな後姿。



人ごみに紛れていなくなってしまう前に、あたしは慌てて一歩を踏み出す。



だけどすぐに足は止まった。





「いいっつってんだろ」


「でもなんか……手持無沙汰というか」


「あほか」




大きな買い物袋を2つ分。余裕そうにそれを持つのは、お姉ちゃんがずっとずっと大好きな人。



春の風が頬を撫でる。生ぬるくて、少し気持ちが悪かった。


2人はあっという間に人の波に飲み込まれていった。





あの人がいなかったら、お姉ちゃんは1人で2つぶんの荷物を持っていたんだろうか。



あたしのことも紡のことも、お兄ちゃんのことも頼らずに。



あの人がいなかったら、お姉ちゃんはずっと、そうやって生きていくつもりだったんだろうか。



ぶぶぶ、とブラウスの胸ポケットでスマホが鳴った。震える手で取りだせば、「お姉ちゃん」の文字。



『お母さんには言ったんだけど、今日、隼翔くんが来るからね!』



いつもだったら走って帰るところを、その日あたしは、門限ぎりぎりまで帰らなかった。



それからずっと、お姉ちゃんともあの人とも、真正面から向き合えていない。


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