第4話

「はぁ……どうするかな」


少女が腕を組み、少し考え込む。


「シンガクシが何か分からねえって時点で、

 だいぶ変なんだけどよ」


ちらりと、私の胸元を見る。


「その首飾りに付いてるの、それ。“シング”だろ?

 それに――」


手を伸ばし、私の後ろを指さした。


「“シンシ”も、ちゃんとそこにいるじゃねえか」


(……そこに、いる?)


反射的に振り返る。


そこには、見覚えのある球体が、

相変わらずふよふよと浮かんでいた。

今は光を放っておらず、静かにこちらを見つめている。


「……お前! 生きてたのか!?」


思わず声が出た。


「心配したんだぞ……」


だが、球体は何も答えず、

ただじっと、私を見ているだけだった。


「いやいや」


少女が呆れたように手を振る。


「シンシは死なねえよ。

 力を使い果たして寝ちまうことはあるらしいけどな」


「……シンシ?」


その名前を、口の中で転がす。


「こいつ、シンシっていう名前なのか?」


「名前っていうか……」


少し考えてから、肩をすくめる。


「種族の名前、みたいなもんだな。

 カミの力の一部らしいけど」


じっと私を見る。


「……ほんとに、なんも覚えてねえんだな」


(神の力の一部……?

 神使しんし、みたいな存在ってことか…?)


「……このシンシが」


球体を一瞥し、言葉を続ける。


「化け物を、追い払ってくれたんだ」


「化け物を追い払う、ね」


少女が片眉を上げる。


「それって、術法使えてるってことだよな」


「……術法?」


「そうだよ。

 シンガクシってのは、その術法使いのことだ」


焚き火を棒でつつきながら、淡々と説明する。


「本来は、国のお偉いさんの専売だ。

 ……まあ、お前はそうは見えねえけどな」


視線が、再び首飾りに向く。


「遺跡か何かでシング拾って、

 使えるようになった“モグリ”だろって思っただけだ」


(……“神具しんぐ”を拾ったモグリ。

 無免許、って意味か)


少しずつ、話が繋がってくる感覚があった。


「……覚えてないんだ」


正直に、そう告げる。


「モグリだと……まずいのか?」


「まあ、国からはいい顔されねえだろうな」


即答だった。


「でも、別にいねえわけじゃない。

 逆に国に仕えるって言えば、好待遇で雇ってくれるかもだ」


焚き火の向こうで、少女がからっと笑う。


「……覚えてないってのも、本当みたいだし」


少女が、焚き火を見つめたまま呟く。


「うちの里まで、連れてくしかねえかな。

 ……ばあばに、相談するか」


半ば、独り言のようだった。


「人里まで、連れて行ってくれるのか」


胸の奥が、少し軽くなる。


「助かるよ。

 ……いや、それ以前に、世話をしてくれたことに感謝している」


「ま、まあ……」


少女が、わずかに肩をすくめる。


「行き倒れられても、寝覚め悪いしな」


そう言って、照れ隠しのようにそっぽを向いた。


その仕草が妙に微笑ましくて、

思わず、小さく笑いが漏れる。


「……ほら。もう寝た、寝た」


相変わらず、こちらを見ないまま。


「移動は、日が昇ってからにするぞ」


その言葉に従い、

私は地面に体を横たえた。


地面は固く、決して快適とは言えない。

だが、不思議と不安はなかった。


疲労が、まだ体の奥に残っていたのだろう。

糸がほどけるように、意識が静かに溶けていく。


焚き火のぱちぱちという音を、最後に――

私は、再び眠りに落ちた。




朝の陽ざしのまぶしさが、目に染みる。


どうやら、あの後は一度も目を覚まさなかったらしい。

結果的に、少女に寝ずの番をさせてしまったようだ。


当の本人は、けろっとした顔をしているのだが。


「……すまない。朝まで寝てしまった」


「別にいいよ。慣れてるし」


言葉少なに答えながら、

少女は焚き火の残り火を手早く処理していく。


「あたし、カグヤ」


「……ん?」


思わず、間の抜けた顔をしてしまったらしい。


「名前だよ、名前」


「ああ……」


少し慌てて、頷く。


「カグヤ、よろしく。

 私は……」


「覚えてねえって、言ってただろ」


言い終わる前に、あっさり遮られる。


「いいって。そこも、ばあばに相談しようぜ」


ばあば、という人物に全幅の信頼を置いているのか、

迷いのない口調だった。


「いや……名前のことだからな。

 できれば、自分で――」


「いいっていいって。

 ばあばに任せとけば、悪いようにはならねえから」


(……それって、

 その“ばあば”に、私の名前を決められるってことなのだろうか)


内心で首を傾げる。


(せっかくなら、

 自分で考えたかったんだが……)


そんな私の複雑な気持ちなどお構いなしに、

カグヤは焚き火の後始末をさっさと終え、荷物を手に取っていた。


革袋をいくつか腰に下げ、

背には弓矢を携えている。


「じゃあ、行くぞ」


先に歩き出しかけてから、

ふと足を止める。


「遅れず、ついて来いよ」


そう言いつつも、

私が立ち上がるのを、ちゃんと待ってくれている。


(……優しい娘だな)


「ああ。よろしく頼む」




それから、何度か休憩を挟みながら、

密林の中を進んでいった。


――主に、私のための休憩だが。


昨日に続いて歩きづらい、

草木の生い茂った森の中を縫うように進んでいく。

だが不慣れな道程に、すぐに足が言うことを聞かなくなってしまう。


カグヤはと言えば、

「エルフみてえに体力のねえ奴だな」と口調はきついが、

気づかわし気に、こちらを見やってくる。


(子供に心配させてしまうとは……情けなくて涙が出そうだ。

 しっかりしなければ)


気力を奮い立たせ、彼女の後を追う。


時折、カグヤが手で「止まれ」と合図し、

その場でじっと待たされることもあった。


どうやら、この森には、

私が気づいていない“何か”がいるらしい。


私が無事だったのは、

単に運が良かっただけなのかもしれない。


休憩中、

カグヤはシンシを指でつついて遊んでいたかと思えば、

ふいに足早に森へ入り、

弓矢で野鳥を仕留めて戻ってくることもあった。


日が傾き始めたころには、

足は棒のようになり、

足裏はじくじくと痛み、

私はすっかり満身創痍になっていた。


木々の向こうに、

炊事の煙が、ゆらりと立ち上っているのが見えてくる。


「ほら。もう、ひと踏ん張りだ」


その一言に、

残っていた最後の気力を、どうにか奮い立たせる。


やがて、日が沈みかけたころ。

里の入り口が、はっきりと姿を現した。


「ようこそ。――ルエラの里へ」


そう言って、

少女は腕を広げ、村を指し示す。


その言葉が耳に届いた瞬間、

張り詰めていたものが、ぷつりと切れた。


「……」


精も根も尽き果てた私は、

その場に膝をつく。


慌てて駆け寄ってくる、少女の足音。


それを聞きながら――

私は、静かに意識を手放した。

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