第3話香りの都
東京は、匂いが多すぎた。
排気、香水、食べ物、人工香料。
雑多な香りが混ざり合い、空気そのものが重い。
「……すごいな」
思わず呟くと、隣を歩く鷹羽いろはが肩をすくめた。
「ここは“香りの都”だからね」
「スパイス関連の施設も、人も、全部集まってる」
高層ビルの壁面には、巨大なホログラム広告。
《国家公認スパイス適正試験/開催中》
《無免許使用は重罪です》
――免許。
その文字を見るたび、胸の奥がざわつく。
「透」
いろはが前を見たまま言った。
「東京に来た理由」
「……試験、受ける気ある?」
「正直、分からない」
俺はそう答えた。
「でも、捕まりたくはない」
「それに……この力のこと、知りたい」
いろはは少しだけ笑った。
「なら、方向は一緒だね」
⸻
試験会場は、旧国会議事堂を改装した巨大施設だった。
厳重な検問。
武装した管理官。
空気に漂う、微かなスパイスの残り香。
「ここに来るだけで、落ちる人もいる」
いろはが小声で言う。
「香りに耐えられない人」
「力に飲まれる人」
俺は無意識にネックレスに触れた。
――香りが、ない。
それが今は、怖かった。
⸻
エントランスホールで、受付を済ませる。
「鷹羽いろは。鷹のスパイス継承者」
係員は一瞬、目を見開いたが、すぐに事務的な顔に戻った。
「……こちらへ」
次に、俺。
「名前は?」
「……透」
一拍、間が空く。
「姓は?」
「……分かりません」
係員の手が止まった。
「戸籍は?」
「……多分、あります」
いろはが横から口を挟む。
「保護者不在、記憶障害あり」
「仮登録で」
係員は露骨に嫌な顔をしたが、端末を操作した。
「仮受験者、透」
「……能力種別は?」
俺は、答えられなかった。
係員は溜息をつく。
「未申告?」
「……まあいい。あとで地獄を見るだけだ」
⸻
控室。
数十人の受験者が集まっていた。
獣の気配。
鋭い香り。
誰かが、俺を見て鼻を鳴らす。
「……こいつ、香りしないぞ」
「スパイス持ってないんじゃね?」
視線が刺さる。
いろはが一歩前に出た。
「失礼」
「この人、私の同行者」
その一言で、空気が少しだけ和らいだ。
⸻
壁の大型スクリーンが点灯する。
《第一試験:適正測定》
《スパイスを使用し、自身の能力を証明せよ》
場内がざわつく。
「……透」
いろはが小さく言った。
「無理しないで」
「ここで全部出す必要はない」
俺は頷いた。
だが、心臓は早鐘を打っている。
――もし、また暴走したら?
――もし、ここで“人のスパイス”が知られたら?
ネックレスが、微かに熱を帯びる。
その瞬間。
背中に、嫌な視線を感じた。
振り返る。
フードを深く被った男。
指には、銀色のリング。
香りが、歪んでいる。
目が合った。
男は、わずかに笑った。
「……やっと、見つけた」
俺の知らないはずの声が、
なぜか胸の奥を強く叩いた。
SPICE(スパイス) @hakutarou
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