第2話鷹は香りを疑う
意識が、ゆっくりと浮上する。
土の匂い。
枯葉が擦れる音。
「……生きてる?」
少女の声だった。
目を開けると、木立の隙間から空が見えた。
身体は動かないが、痛みはない。
「よかった。効きすぎてたらどうしようかと思った」
弓を背負った少女が、上から覗き込んでいる。
年は同じくらい。
だが、その目は獲物を見極める鳥のそれだった。
「……あんた、誰だ」
「それ、こっちの台詞なんだけど」
少女は小さく息を吐く。
「私は鷹羽いろは」
「まず聞くけど――さっき、何を吸った?」
「……分からない」
嘘じゃない。
吸った瞬間の感覚は覚えているのに、香りの記憶がない。
いろはは眉をひそめた。
「偽スパイスじゃない」
「でも、正規品とも違う」
「……正規品?」
「知らないの?」
いろはは信じられない、という顔をした。
「この世界でスパイスを使うには免許がいる」
「四年に一度、東京で試験がある」
「合格者だけが、合法的に使える」
――免許。
その言葉が、胸に引っかかった。
「無免許使用は違法」
「捕まれば、普通に終わるよ」
冗談じゃない目だった。
⸻
少し歩いてから、いろはは改めて言った。
「私は免許を取りに行く」
「鷹のスパイスを継ぐ一族だから」
弓に触れる指に、迷いはない。
「で、あんたは?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……俺は、東京に用がある」
それだけは本当だった。
いろはの視線が、俺の首元に落ちる。
「そのネックレス」
「スパイス、入ってるよね」
心臓が跳ねた。
「動物の香りじゃない」
「……変」
「変って」
「普通は“獣”になる」
「虎とか、狼とか、鷹とか」
「でもあんたは違った」
さっきの感覚が蘇る。
力。
成長。
そして、理性が削れていく恐怖。
「獣化じゃない」
「……人が、そのまま強くなった感じ」
いろはは静かに言った。
「そんなスパイス、聞いたことない」
⸻
夜。
焚き火のそばで、俺は額の傷に触れた。
事故の証。
そう信じていたもの。
「……なあ」
「なに」
「俺、名前……透って言う」
口にした瞬間、胸が少しだけ軽くなった。
「透」
いろはは一度だけ頷いた。
「じゃあ、透」
「忠告ね」
「その力、放っておいたら死ぬ」
はっきりとした声だった。
「だから、一緒に行こう」
「東京」
⸻
同じ頃、山奥の家。
薄暗い部屋で、誰かが目を覚ます。
指には、銀色のリング。
内部で、濃く歪んだ香りが渦を巻いていた。
「……透、か」
低い声が、闇に溶ける。
「次は、君の番だ」
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